パスピエ『印象H』絵画のような日比谷野音 光と影と虫の声
ロックバンド・パスピエが、野外ワンマンライブ『印象H』を開催。東京・日比谷野外音楽堂と大阪・服部緑地野外音楽堂で2公演を行った。本記事では、10月6日の東京公演の模様をレポートする。
Photography_Yosuke Torii
Text_Sotaro Yamada
まるで絵画のようなパスピエの日比谷野音
接近していた台風がなぜか関東を避けて通過していった秋のはじめ。東京は久々に夏日となったが、夕方には心地よい風が吹きはじめていた。薄く青い空は刻々と深みを増し、流れる雲の動きは速く、風はステージを取り囲むように生い茂った緑の木々を揺らしていた。夕陽はビルの向こうに沈み、ビルは少しずつ明かりをともし、夜が始まりかけていた頃。日比谷野音にパスピエオリジナルのSEが響くと、オーディエンスの手拍子が起きた。スモークが立ち込めるステージに、成田ハネダ(Key.)、三澤勝洸(Gt.)、露崎義邦(Ba.)、サポートメンバーの佐藤謙介(Dr.)が登場。やや遅れて大胡田なつき(Vo.)が登場するとフロアからは大きな歓声が起き、ライブは『素顔』でスタートした。
2曲目『ヨアケマエ』が始まると、いっせいにオーディエンスの身体が動き出す。そしてこの曲が終わる頃には、日比谷野音にはすっかり夕闇が降りていた。ステージ後方にセットされた細い光の柱が暗闇のなかで輝き出す。いつの間にか虫の声も鳴り響いていた。解放的な雰囲気のワンマンライブに、心なしかメンバーのモチベーションも高いようだ。『永すぎた春』『チャイナタウン』などで少しずつ会場のグルーヴが高まっていくなか、三澤のギターソロは力強く、露崎のベースは歪んだ太い音を弾き出し、佐藤は爆発とでも言いたくなるような激しい高速ドラムを叩きつけていた。5人とも、序盤にしては多すぎるくらいの汗を流している。
パスピエには、やっぱり夜とネオンが似合う。7曲目の『ネオンと虎』では、ステージ後方の壁に映る大胡田の影さえも、計算された影絵のようで美しかった。空では星が瞬き、ステージでは7色の照明が目まぐるしく変化してあざやかな光を綾なす。その光を受けて大きく伸びる影。……まるで、絵画のようなステージだ。誰もがそう思ったことだろう。明るく色彩に富んだ画に、光の動きや変化の質感に重きを置いた演出。これは絵画における印象派のアプローチそっくりだ。そして曲と曲のあいだにりんりんと響く虫の声。そこにあったのは、綿密に計画された自然と人工の調和であり、絵画と音楽の融合であり、秋のはじめの野外でしか味わえない特別な感覚であった。
(パスピエ『ネオンと虎』MV)
『花』では、大胡田の伸びやかな歌声と成田のメロディアスなコーラスが美しく、優しさと激しさを何度も行き来する露崎と佐藤のリズム隊も際立った。そこに三澤のギターが濃淡を与えていた。また、久々に披露された『脳内戦争』では成田がショルダー・キーボードを掲げてステージを駆けまわった。成田に呼応されるように大胡田もステージを左右に大きく動き、ふたりの動きはシンメトリーのような形に。この日のハイライトのひとつだっただろうが、成田によると「もう3年くらいはやらない」とのこと。貴重な一幕だったが、『COUNTDOWN JAPAN』に行ってロックバンドに目覚めたという成田の本質が垣間見えた気がする。
「ありがとう、みんなに支えられている」
この日のMCは、感謝を伝える言葉が多かった。パスピエは2019年で結成10年を迎える。傑作といって良い作品をこれまでに数多くうみだし、武道館でもライブを行い、そして10周年を前にしてまたひとつ、日比谷野音という目標を達成した。自身のこれまでとこれからに思いを馳せるにはぴったりのタイミングだったのだろう。心地よい秋の夜の風と虫の声は、さらに感傷を引き出す。
その感傷をふりはらうように『ON THE AIR』(大阪・服部緑地では『あかつき』)が演奏された。続けて『裏の裏』『MATATABISTEP』『最終電車』などの人気曲で最後の山をつくり、本編ラストは『S.S』。間奏ではメンバーそれぞれの超絶早弾きソロも披露され(特に三澤の背面弾きは印象的だった)、パスピエというバンドがポップでエンターテインメント的でありながらも、そもそもは超絶技巧のプログレ集団であることを再認識させられる締め方だった。
アンコールでは、2018年5月から7月にかけて開催された『カムフラージュ』ツアーでうまれた「良い女ー!」というコールがあちこちから起きた。もうおなじみのコールとなったようで(?)、大胡田の反応も「あ、うん、ありがと。君らも良い感じよ」と慣れたものだ。
あるいは、露崎にMCを預けるというのも、先のツアーから定番化しはじめたものだろう。どちらかというと普段はあまり多くを語るタイプではない露崎も、初の野外ワンマンライブと絶妙なロケーション、パフォーマンスの手応えとオーディエンスのリアクションのせいなのか、前のめりに、若手の政治家の演説のようなMCで会場を沸かせた。
この時初めて披露された新曲(タイトル未定)は、その露崎の細かいベースが印象的なロックナンバーだった。それでも拍手は鳴り止まず、ダブルアンコールが行われ、成田によるドビュッシーの『ベルガマスク組曲・第4曲“パスピエ”』独奏を前奏とした『ハイパーリアリスト』という見事な繋ぎでライブは幕を閉じた。
『印象H』とは何だったか。
『印象H』とは何だったのだろうか? この日の成田のMCによれば、『印象H』の「H」とは「日比谷や服部緑地という場所」のことであり(あるいはハネダのH?)、「印象」とはバンドにとっての「はじまりの言葉」だ。
いまさら説明するまでもなく、パスピエというバンドはドビュッシーやラヴェルを筆頭とした音楽における印象主義、あるいはクロード・モネを祖とする絵画における印象派の影響を受けている。初のライブツアーのタイトルは『印象・日の出』であったし、『印象』という名の自主企画ライブは2013年の『印象A』からアルファベット順に回を重ねて、2016年の『印象E』まで続いてきた。そこでいったん『印象』シリーズは終わったのだが、結成10周年を来年に控えたバンドは、「あたらしくはじめる、という意味を込めて(成田)」このシリーズを再開させた。もう一度パスピエをはじめなおすという意味、すなわち『ネオンと虎』から続く原点回帰というムードが、今回の野外ツアーには反映されているわけだ。
さらに言えば、大胡田が18歳の頃に所属していたインディーズバンドの名前も「印象H」であった。その頃に大胡田と成田が出会い、パスピエが結成された。そういう意味でも、『印象H』という言葉はパスピエの原点に密接にかかわっている。
しかし、「F」と「G」がないのはなぜなのだろう? 『印象』シリーズは「A」からはじまり「E」で第1部完結、「F」と「G」を飛ばして、「H」で第2部がはじまっている。
いくつかの仮説が思い浮かぶが、パスピエが初期より視覚を重要視しているバンドであることを考えると、美的な理由から線対称なアルファベットを選んだのかもしれない。線対称とは、ある直線を軸として反転させると重なり合う図形のことである。「A」は左右対象、「B」は上下対象……といったぐあいに、「F」と「G」を抜いた「A」から「H」のアルファベットは、見事に線対称な図形ばかりだ。
もうひとつの仮説は、「F」と「G」が「Final」と「Goal」を連想させるから、というものだ。つまり『印象』シリーズが「H」から再開されたことには、パスピエの歴史が終わることなく、これからも続いていくという意味が含まれているのではないか。
このバンドにとっての「Final」や「Goal」は、もっと先にある。では、具体的にどこにあるのか?
初期はサブカルチャー最前線のような扱われ方をしていたパスピエだが、いまは堂々とメインカルチャーとしての道を歩もうとしている――といった現状描写をするだけで、その問いに対する答えとしてはじゅうぶんだろう。
全体としてHappyな印象だった『印象H』を終えて、まだまだパスピエの歴史(History)は続いていく。
セットリスト
パスピエ 野音ワンマンライブ “印象H”
2018年10月6日(土)東京・日比谷野外大音楽堂
01 素顔
02 ヨアケマエ
03 贅沢ないいわけ
04 永すぎた春
05 チャイナタウン
06 シネマ
07 ネオンと虎
08 トロイメライ
09 花
10 (dis)communication
11 脳内戦争
12 とおりゃんせ
13 蜘蛛の糸
14 フィーバー
15 マッカメッカ
16 ON THE AIR
17 裏の裏
18 MATATABISTEP
19 最終電車
20 S.S
En.01 新曲
En.02 正しいままではいられない
WEn. ハイパーリアリスト
SHARE
Written by