カンヌでスタンディングオベーションと大ブーイング?
クリステン・スチュワートの主演映画『パーソナル・ショッパー』の日本公開が決定しました。
大ヒット作『トワイライト』シリーズでバンパイアと恋に落ちる高校生・ベラ役をつとめ、トップスターの仲間入りをはたした彼女。本作ではパリでパーソナル・ショッパーとして働く女性・モウリーンを演じています。
パーソナル・ショッパーとは時間のないセレブの服や靴を代わりに買い集める仕事。スタイリスト同様にファッションセンスが求められます。
カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した本作ですが、スタンディングオベーションを受ける一方でブーイングの声も少なくありませんでした。
賛否両論を巻き起こした上で監督賞受賞、という一癖も二癖もありそうな映画『パーソナル・ショッパー』。一体どんな作品なのでしょうか?
賛否両論ある理由を考えてみた
結論から言うと、本作が「おもしろい映画」じゃなく「おもしろさを秘めた映画」であることが、賛否両論となった理由ではと思いました。
というのも映画自体に謎かけがされていて、観ていると「これはなぜ?」「それはなぜ?」とクエスチョンマークがどんどん頭を占めていくのに、いくつもの謎が明確に説明されないままエンドロールを迎えるからです。そのため観客は自分の想像で答えを探さなければなりません。
このことを「説明不足」と感じる人と、「おもしろい」と感じる人とで、本作の評価は正反対なものになるでしょう。
ちなみに本作のメガホンをとったオリヴィエ・アサイヤス監督はカンヌでブーイングを受けたことを気にしていないとのこと。
ホラー映画を期待して見る人や、ハッピーエンドを期待して見る人にとっては期待を裏切ることになったのでブーイングが出たのだろう。気にしていないよ
(ムービープラス & シネマトゥデイ.)
ここであらためて物語のあらすじを
本作はホラーとサスペンス両方の側面を持つミステリーで、主人公・モウリーンが巻き込まれる不可解な出来事を追うストーリー。
主人公・モウリーンはパリで暮らす20代半ばの女性。いつもさえないセーターとジーパンで、化粧っ気もなし。その外見からは意外なことに、彼女の仕事はセレブな女性のパーソナル・ショッパーです。
モウリーンにはこの数ヶ月待ち続けているものがありました。急死した双子の兄からのサインです。彼女も兄も霊能力を持っていたので、どちらかが先に死んだら死後の世界からサインを送ろうと約束していました。
ある時モウリーンの元に見知らぬ相手からSMSのメッセージが届きます。
思わず兄ではと考えるも、すぐに違うと気づきブロックしようとしますが、なぜか返信を続けるモウリーン。誘導されるまま自分のことを話してしまいます。するとモウリーンの気持ちを見透かすように「別人になりたいか?」というメッセージが。
得体の知れない相手のはずなのに、モウリーンは徐々に心を開いていきます。しかしある事件が起こり、事態は一変し…
豪華な舞台装置の裏に、実は…?
高級ファッション、幽霊、謎のメッセージ、そして事件…こうもインパクトの強い話が次々登場すると「ステーキに天ぷらに北京ダックをいっぺんに出されても」という印象を受けるかもしれません。
しかしこれらはすべて舞台装置に過ぎず、すべてが相まってある事実を浮き彫りにしています。一見何の問題もなく日々を過ごしているモウリーンが、実はアイデンティティの危機に陥っていたということです。
仕事の人付き合いもこなし恋人もいるけど、モウリーンは内向的で笑顔の少ない女性です。
彼女は先天性の心臓病を抱えており、常に死が頭の片隅にありました。また幼い頃に母親を亡くしており、そうした事情のために、分身のような双子の兄にしか心を開けなくなったのでは…と思わせられます。
兄を失って、モウリーンは混乱しています。彼女のアイデンティティは兄と頼りあって形成されていたからです。だから兄の死を受け入れられず、サインを待ち続けてしまう。
ファッションはいわば自己表現なので、兄以外に心を開けないモウリーンにとっては怖いこと。だから本当はおしゃれしたいのにできない。でもそんな臆病な自分が本当は嫌。
そんな自分の気持ちに気づいてくれたから、謎のメッセージの相手にモウリーンは期待してしまったのではないでしょうか。兄じゃないとわかっていながら、もしかしたら兄みたいに自分を理解してくれる人かも、と。
幽霊に姿の見えない友達。モウリーンはイマジネーションの世界に浸って兄の死という現実と向き合うことを避けています。しかしその後に起こる事件がカンフル剤となり、彼女は強制的に目を覚ませられ、リアルな世界と向き合います。
そうなって初めてモウリーンは、兄が自分を離さなかったのではなく、自分が兄にしがみついていたことに気づくのです。
と、私は楽しみました。
本作の解釈をいろいろ書きましたが、どれも作中で明確に描かれていることではなく、あくまで私がいち観客として「私は誰よりもモウリーンを知っている。」とばかりに、想像を膨らませたものです。
「そんなものは個人ブログに書け」と思われるかもしれません。さらに、例えばモウリーンの地味な服装について、私は「臆病だから」と想像しましたが、パンフレットを見ると「ファッション業界への愛憎が反映されている」とあり、「おまけに外れてるじゃないか」とお叱りを受けるかもしれません。
しかしこれが本作の楽しみ方。本作はスクリーンに散りばめられた謎をピースとして観客がパズルを完成させていく映画です。
オリヴィエ・アサイヤス監督は本作についてこうも言っています。
ジャンル映画を作るつもりではないし、観客を操作しようとも思わない。
(ムービープラス & シネマトゥデイ.)
上映開始5分で帰りたくなる人ともう一度観たくなる人に観客を二分しそうな、ミステリアスな映画『パーソナル・ショッパー』。
はたしてあなたはどちらでしょうか?5月、いよいよ日本で封切られます。
映画『パーソナル・ショッパー』の公式サイトはこちら。
クリステン・スチュワート/1990年、アメリカ・ロサンゼルス生まれの女優。幼い頃より子役として活躍。映画『パニック・ルーム』(2002年)で注目を集める。ヒロインを演じた『トワイライト〜初恋〜』(2008年)と一連のシリーズの大ヒットによりトップスターの仲間入りをはたす。オリヴィエ・アサヤス監督作品『アクトレス~女たちの舞台~』(2014年)でアメリカ人女優で初めてセザール賞最優秀助演女優賞を受賞。
オリヴィエ・アサヤス/1955年、フランス・パリ生まれの映画監督・脚本家。映画批評の執筆で映画界のキャリアをスタートし、後に映画作家となる。アンドレ・テシネ監督作品で何度も脚本を担当。カンヌ国際映画祭コンペティション部門への5度目の出品作『パーソナル・ショッパー』(2016年)で監督賞を受賞。
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