東京・乃木坂にあるソニーミュージックのオフィス。ここはA&Rを担当するフロア(アーティスト・アンド・レパートリーの略。アーティストや楽曲の発掘、契約、育成、制作から企画や宣伝等、レコード会社の業務全般に関わる仕事)。その島の一角に、ひときわ目立つ机がある。なにしろCDの数が多い。何十枚、いやひょっとしたら何百枚も、まるで本棚のように積み上げられている。
この机の主は、DJ和(でぃーじぇー・かず)。J-ポップDJとして活躍するDJ和は、アーティストであると同時にソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズのスタッフでもある。
背後の壁には自身が手がけたミックスCDのポスターが貼ってある。モデルの谷まりあやロンドンブーツ1号2号の田村亮の写真、イラストレーターのいとうのいぢによるイラスト。その横に、新たなポスターが追加された。広末涼子。’90年代から’00年代を代表する女優で、当時思春期だった若者たちにとっては青春の象徴でもある。そんな広末涼子をジャケットに起用したDJ和の新作CD『ラブとポップ〜好きだった人を思い出す歌がある〜』がリリースされ、売れ行きも好調だ。
そりゃあそうだよな、と広末涼子が起用されたDJ和のポスターを見ながら思う。筆者は30代前半だが、この『ラブとポップ』の選曲は、この年代の人間にとってツボすぎる。
こんなの、こんなのズルイよ和さん。だってどの曲にも青春の思い出が詰まりまくってるから、聴いた瞬間にもう冷静じゃいられなくなる。懐かしい友達や当時好きだったひとの顔がたえまなく思い浮かんで来て胸が詰まる。
どうして思い出には感傷がつきまとうのだろう。懐かしい友達や当時好きだったひととの具体的で個人的なエピソードが次々と思い出されると、なんだか切ない気持ちになってしまう。すごく好きだったひと。好きだったけど嫌いになったひと。いや、嫌いになろうと思ったけど嫌いになれなかったひと。そういえばあのこ、何年か前に結婚したんだっけな。娘も産まれたらしい。幸せそうな写真がFacebookで回ってきた。いやあ、よかった、ほんとによかった、あのこが幸せになれて。それは素晴らしいことだよね。嬉しい。ほんとに嬉しい。世界には愛しかないッスわマジで。いや全然、べつにこれは強がりとかそういうんじゃな――
「何してるんですか?何か打ち合わせありましたっけ?」
声をかけて来たのは、DJ和さんのお隣の席のSさん。ちょうどいま打ち合わせから戻って来たらしい。手帳を開いてスケジュールを確認するSさんに、今日はDJ和さんの取材に来た旨を伝える。「え、ここで取材?」。はい、ここでです。スタッフとして働いているDJ和さんを知りたいんです。だって、アーティストとしてCD出したりフェスに出たりしながら、一方で毎日このレコード会社で働いているって、すごく面白いんですもの。
Sさん : 「へえ、記事にするんですか。どんな記事になるか楽しみですね(ニヤニヤ)」
ニヤニヤしてる……。ここで怯んではいけない。DJ和がやって来るまで、同僚から見たDJ和、つまりレコード会社で働く人としてどんな人物なのか探らなければ。
Sさん : 「すごく真面目。このフロアで一番真面目かも。仕事できるし。たぶん僕の方が変です」
なるほど、そりゃあ仕事できるんだろう。だって二足のわらじを履きながらCDを累計百万枚以上も売り上げているんだから。しかし、「真面目」ってのはどういうことだろう?きっと「強烈な何か」を含んだ真面目だ。そうじゃなきゃこのご時世、こんなに売れるCDを出せるはずがない。
その「強烈さ」を探るために、まずはDJ和の基礎情報をおさらいしよう。
DJ和とは
DJ和(でぃーじぇー・かず)は、ソニー・ミュージック初のJポップDJ。
日本最大のJポップクラブイベント『J-POPナイト〜日本式〜』などでカリスマ的人気を誇り、2007年、ソニー・ミュージックとJポップDJとして初のプロ契約を結ぶ。2008年、アルバム『J-ポッパー伝説』でデビューするとロングランヒットを記録。以降も年に2~3枚のペースで精力的にアルバムをリリースし続け、累計売り上げは115万枚を超える。
アニソンDJとしても活動し、『ANIMAX MUSIX』や『@JAM』などの国内イベントから、シンガポールを中心に開催されている『アニメ・フェスティバル・アジア』や、先月ドイツで開催された『AnimagiC 2017』など、海外でも広くプレイしている。
R&Bやヒップホップをルーツに持ちつつも、Jポップ、アニソン、アイドルなど様々なジャンルをクロスオーバーするDJスタイルが人気となり、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』には4年連続で出場するなど、国内大型音楽フェスの常連。
そして通算24枚目(!)となる新作『ラブとポップ〜好きだった人を思い出す歌がある〜』が、8月9日のリリース以降、初週にオリコンアルバムデイリーランキングで2位、その後も2週連続でウィークリートップ5入りを果すなど、連日チャートを賑わせている。このままいくと『ラブとポップ』はDJ和史上最大のヒットになりそうだ。
これだけの経歴を持ちながら、一方では、ソニー・ミュジックアソシエイテッドレコーズのスタッフでもあるのだ。そりゃあ、周囲からの「真面目」という評価の中には、言葉にできない「強烈な何か」が含まれていると思うのが自然だろう。その「何か」を知りたい。
「お疲れ様です!」
視線を上げると、さっきまでいたはずのSさんは消えていて、そこにはストライプがおしゃれな半袖シャツを着ているDJ和が立っていた。
というわけで、DJ和の本質に迫るため、早速お話を伺うことに。そもそも、普段はどんな仕事をしているのだろう?
ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズで働くDJ和の普段のお仕事
DJ和 : 「普段は、自分のCDの制作周り全般の仕事をしてます。企画や打ち合わせの段階から権利関係、宣伝やイベント展開のプランなど、制作系の全ての仕事に参加しています。音を作るだけではなくて、A&R側の仕事も一緒にやらせてもらってますね。他のアーティストも昔は担当していたんですけど、今は担当していないです。自分の作品をもっと売れという会社からのメッセージだと思ってるんですけど(笑)」
やはりソニー・ミュージックのA&Rが主な仕事のようだ。しかし、アーティストとスタッフの二足のわらじを履く生活は、かなり大変なのではないだろうか?一人二役をこなすことは、その切り替えも難しそうだが……。
DJ和 : 「そうですね。でも元々、僕は自分の曲を作ってそれを聴かせたいというタイプのアーティストではなくて、むしろ音楽全般が好きなリスナー側の人間なので、そこはあまり違和感なくやれています。どんな曲が今売れているのか知っているし、良い曲だけど売れない曲があるのも知っているし、巷では有名じゃないけどある種のイベントでは盛り上がる曲も知っているし、そういう色々な軸を知っている強みをA&Rの仕事にも活かせているかなと思います。世界的に見ると、日本ではDJってまだまだマイナーな分野ですよね。そういうことを冷静に見ながら、DJってどうあるべきなんだろう?と考えていますね。僕はDJという存在が身近になることが重要だとずっと思っているんです。DJに対する偏見って、いまだに根強くあるじゃないですか。クラブとかでレコードをスクラッチしてる人でしょ?みたいな。これって、DJのほんの一部だけを切り取ってふくらませたイメージで、実像とは全然違いますよね。そういうイメージを壊して、DJの楽しみ方をもっと社会に浸透させたいんです」
なるほど。DJ和の目標はDJを身近にすることなのか。でも、DJ和だって元々はクラブでヒップホップを流すDJだったのだ。DJ和のDJ歴は長い。デビューする前は、渋谷周辺のクラブなどで、深夜から朝にかけてR&BやヒップホップをかけるDJだったそうだ。おそらく「クラブとかでレコードをスクラッチしてる人」のイメージに近いだろう。今ではこんなに爽やかで人当たりも良いイケメンだけど、昔はもっとゴリゴリだったのかもしれない。「ヒップホップDJ」は、どんな考え方の変化があって「JポッパーDJ和」「ソニーのA&R担当」になったのだろうか。
DJ和 : 「クラブに行っていろんなDJやお客さんを見ているうちにそう考えるようになりました。クラブにいると、凝縮された熱量をすごく感じます。それは文化の発信源となるし、今の日本にはそういうものが結構あるんです。でも、”ある”というだけで完結してしまっている気がするんですね。扉が閉じているんです。もちろん閉鎖的だからこそ楽しいという側面もあるし、その扉が開くことを好まない人もいるかもしれないけど、ずっと閉じていたら、この業界はどんどん狭いものになっていく。人も減っていくと思うんです。今クラブにいる人たちは永遠にクラブにいてくれるわけではない。その人たちは5年後か10年後にはクラブを卒業してしまうかもしれない。子どもが産まれたり、年齢を重ねて体力的にキツくなったりすると、夜遊びするのは難しくなる。すべてを広げていくのは中心にいる若者です。扉が閉まっていると、人が入ってお金が動いてそのお金で人を呼んで、という良い循環が作れなくなる。そうすると文化が廃れていく。それはもったいないと思うんですよね。だから僕は、クラブの中にいてコアでカッコ良いことをやっている人たちの反対側を作りたいんです。DJを見たことがない人や、DJって何?と思ってる人たちに向けてやろうと思ったんです」
クラブの扉を開き、多くの人に伝え、広げること
クラブの扉を開いて、その凝縮された熱量を、DJを見たことがない人にも伝え、浸透させる――。その考え方の行き着く先のひとつが「Jポップ」だった。
DJ和 : 「僕の中でJポップの定義は、”歌える曲”だと思います。リズムがあって、踊れる音があって、さらにみんなで歌えること。僕はよくDJをやる時にこう言うんです、”ここからはカラオケみたいなもんだから”って。”踊っても良いけど、みんなで歌ってくれ”って」
たしかに、『ラブとポップ』を聴くと、友達とカラオケに行った日々が思い出される。そして冒頭に書いたように、当時を思い出して冷静さが失われてしまう。筆者はこの取材の準備のために『ラブとポップ』を流しながら作業をしていたのだが、途中でそれをやめた。なぜなら、あまりにいろんな思い出が当時の感情とともにあふれ出てきてしまって、まったく仕事が手につかなくなってしまったからだ。
DJ和 : 「それは嬉しいですね(笑)。『ラブとポップ』には、いま30歳前後の方が思春期を過ごした音楽を詰め込んだんですけど、やっぱりああいう曲って歌える曲なんですよね。なぜか歌詞をちゃんと覚えてるし、体が勝手に反応して歌ってしまう。その”なぜか歌えてしまう”感じは本当にすごいと思うんですよ。”歌える”は、音を聞いたりリズムに乗ったりするのとは違う楽しみ方だと思っていて、まさに歌モノでDJをやることの楽しさがそれだと思うんです。クラブでDJしていても、朝の4時半くらいのカラオケ具合ってすごいですよ。酔っ払ってみんなで肩組んで、H Jungle with t『WOW WAR TONIGHT』的な光景になる(笑)。オリジナル楽曲が爆音で流れるカラオケってめちゃくちゃ楽しいです」
なんだか話を聞いていると、DJとして活動することと、ソニー・ミュージックのスタッフとして働くことの間には、全然矛盾がないような気がして来た。どちらも同じ「DJを身近にすること」という目標のための方法であって、場合によってその方法を使い分けている感じだ。DJ和には、エゴというものがほとんどない。「俺のプレイを見てくれ!」みたいなところが一切なくて、もっと別のところを見ているような気がする。
DJ和 : 「DJを楽しむ人たちが増えれば、フェスの規模も大きくなるかもしれないし、数も増えるかもしれない。海外の有名DJがツアーで日本をスルーすることも減るかもしれない。そのためには、単純にカッコ良いものを作り続けるだけではダメで、作る人と広げる人、両方がバランス良くできた時に大きく広まるんだと思います。自分はそこを目指したいですね。日本の音楽には他のどんなジャンルとも違う独自の音楽がたくさんあります。特にJポップ、アニソン、アイドル、これらのジャンルは世界の中でも特別な位置にあって大切な文化です。もっと広められるし、もっと人を集めることができるし、もっと大きな可能性を秘めていると思うんですね。もちろん海外の音楽も大好きだけど、日本人のDJとしてやるべき事とは何か?をずっと考えていて。せっかく日本人として生まれてきたし、日本の音楽をもっと広める役を担いたいです」
自分のエゴなんてとっくに超越して、より広い視点からDJというものを捉えているDJ和。今回の取材で、和さんのことが好きになった。和さんと話しているうちに、いつの間にかクラブの扉が開かれて、その奥から「凝縮された熱」がこっちに向かって手を振ってくれているような気がした。それを見たい。感じたい。解放された「凝縮された熱」をナマで見てみたい。和さんの勇姿をこの目で確かめたい。そんな気持ちから、今度は日を改めて、DJ 和のステージを見学しに行くことに――。
(次回へ続く)
DJ和ソニーミュージックオフィシャルサイト
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Photography_Takuma Toyonaga
Interview&Text_Sotaro Yamada
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