2016年は『VR元年』と呼ばれている。今年に入ってから『VR』という言葉を耳にする機会が増えたという人も多いであろう。秋にはPlayStation VRの発売が控えるなど、VRはゆっくりとではあるが、確かに普及し始めている。
しかし、音楽ファンにとってVRはまだまだ縁の遠い存在であることも事実ではないだろうか。
本稿ではAwesome City Club『Lullaby for TOKYO CITY』(※略称、ACC)、Hello Sleepwalkers『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』の二本を監督した国内の音楽系のVRの先駆者、株式会社コンセントに所属する全天球映像作家『渡邊課』の渡邊徹課長と、嘱託の越後龍一氏にインタビューを行った。
『観るもの』から『体験するもの』へ。
VRとMVの最前線に迫る。
前篇となる今回は、主にAwesome City Club『Lullaby for TOKYO CITY』のMVとVRについて話を伺った。
(奥)越後龍一氏(渡邊課 嘱託)
VRと国内のMV事情
――国内では、VRのMVは事例が少ないですよね。昨年末、渡邊さんが監督されたAwesome City Club『Lullaby for TOKYO CITY』 のビデオが公開された時点でもなお、ほぼ作品がなかったと思うのですが。
渡邊:少なかったですね。(360度映像対応のカメラで)そのまま撮りました、というようなものが幾つかあったかなというくらいで……。
越後:倖田來未さんが、割と最初の頃にやっていましたね(※1)。でも、ほんと数えるくらい。
――渡邊さんは、国内の音楽系のVRの先駆者であると思います。『Lullaby for TOKYO CITY』、『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』は代表作に位置づけられるのではないでしょうか。
渡邊:(VRで)今できることを、注ぎ込んだという意味でそうですね。MVを作るようになったきっかけとしては、二年前に撮ったVampilliaのMV『You Should Go First』も重要な一本だったと思います。時期が時期だっただけに、VRへの認知度が無い中だったのですが、メンバーの理解を得られて(MVを)作れました。早い段階で試行錯誤しながらVRをやれたのは面白かったです。音楽系のVRは『体験』を作れるものであるというのが分かりました。
――VRを用いた、魅力的なMVを作る上で気を付けていらっしゃるのはどのような点でしょう?
渡邊:一番気をつけているのは、「カメラ自体がどういった役割を果たしているのか」ということですね。だから「実はそこにファンが居るんですよ」というのを(アーティストに)伝えています。カメラが擬人化されることを意識していて。
アーティストの方々には「ただ撮られる」のではなく「どういう体験をファンの方々に届けられるのだろう」という視点にまず立ってもらった上で、一緒に考えてもらいながら作っていきます。
例えばMVのコンテをアーティストの方々に説明するときに「音楽を聴きながら夜景をぼーっと見ている時、違う世界に入っていく感じを、今回の映像では体験として作っていきたいんです」と趣旨を説明し、アーティストの方に街中に溶け込んでもらったりして。
――Awesome City ClubのMVはまさしく夜景を映したものでした。メンバーが出てくるのは、スクランブル交差点の場面くらいです。
渡邊:あのMVは、本当はメンバーを中心に撮影していて。後で、場面をごっそり削ったんです。
――そうなんですか!
渡邊:元々は夜景をバックにメンバーを追いかけていくような内容でした。でも、ACCのメンバーも「体験を提供する」ということについて考えてくれて。「そういう内容にするなら、僕らはもうちょっと奥に引っ込んだほうが良いかもね」と、向こうから言って来てくれました。
VRでMVを作るということについては、ACCの主宰のマツザカタクミさんのイメージにも合ったということで、メンバーの皆さんはとてもよく協力してくれました。
越後:(メンバーを)観覧車で撮ったりもしましたね。
渡邊:いろんな条件が重なって、ファンの体験をよいものにするための足し算引き算を繰り返しました。
――他のACCのMVはメンバーが前に出て来るものがほとんどなので、そういう意味でこの曲はVRをかなり意識した仕上がりですよね。
越後:この曲は情景を意識しているので。パフォーマンスというよりは、シーンを強調して描きました。
(※360 度動画を視聴するには、パソコン用の Chrome、Opera、Firefox、または Internet Explorer の最新バージョンが必要です。モバイル端末の場合は、最新バージョンの Android または iOS 向け YouTube アプリを使用してください。)
VRとYouTube
――多くの音楽ファンは、MVをYouTubeで見ていると思います。YouTubeの動画はいま、いかに短い時間で強いインパクトを与えられるかが勝負になっている気がします。
渡邊:YouTuberの投稿している動画を見ていると『ダイジェスト的』なものが多いと思います。最初に結果を見せ、圧倒しておいて、あとは解説という見せ方が一つの型としてありますよね。
それに対して、VRでの映像の型の一つには『いきなり世界に包まれる』感覚というものがあると思います。演出側として『包まれ方』は気を配る部分ですね。冒頭の映像はなるべくキャッチーにしています。ロゴがどんと出て来たり、フェードインで夜景に包まれたりであるとか。一番最初に「お?」と思う、インパクトは重要視しています。
――MVは『鑑賞するもの』というイメージが強いですよね。でも、VRのMVは『体験するもの』であるというのが興味深いです。
渡邊:そもそもは僕らの世代の人間にとって、MVは『アーティストを観る』ものでした。しかしMVが『アーティストを観る』ものから、位置づけが変わり始めていた印象はあります。ここ最近はアーティストが全く出ていない映像、例えばリリックビデオのようなものが出て来ていますよね。
一方、そういうものとは違う軸として、(MVを)一から十まで全く別の体験として提供出来るように、YouTubeの仕様が変わった(※2)のが、ACCのMVを公開したあたりでした。
――リリックビデオは一気に普及しましたね。渡邊さんのVRのMVにも、歌詞が積極的に用いられています。VRであると同時に、リリックビデオでもあるというのが面白いです。
渡邊:VRの映像は冗長になりがち、というのが多くて。それは1シーン1シーン見回す時間をとりがちで、尺を長めにとる傾向があって退屈になりがちなんです。そういう課題がある中で(360度の映像を)『見回す必然性』を作ってあげたいな、と思っていて。あちこちを自由に目で追う(VRならではの)楽しさ――例えば、メンバーが動いているシーンであればメンバーを追っても良いでしょうし、歌詞が色んな所に出て来たらそれを追っかけても良いでしょうし。あるシーンで字幕がぽんと出て来たら、それは映画のワンシーンのように楽しめる。そういう要素を入れたいな、というのが僕の中にはあって。もちろん映像の中の一点だけを見つめていたいという人が居たら、それも良いですが。
前に監督したアイドルのMVでも(メンバーが居る中で)イラストを飛ばしたりするような演出を入れていたので。現実世界と、フィクション的な世界を入れ混ぜながら(VRを)体験できるものにしようと思っていたんですよね。
――MVに対する、ACCのメンバーの反応はどうでした?
渡邊:最初に見せる時はどんなリアクションがくるだろうかと冷や汗ものでした(笑)。ただ編集している段階で、自分が意図する体験に近いものが出来ていると感じていたので、自信はありました。
Oculus Riftで見てもらってACCのメンバーのリアクションは凄く良かったです。体験してもらってそれを元に、メンバーとは有意義なディスカッションが出来て良かったな、と思いますね。
――VRと音楽体験について、「もっとこういうことをしてみたい」とお考えになっていることはありますか?
渡邊:いまは、(映像を制作している)僕達がカットを決めています。その点、視点を切り替えるタイミングもユーザーに委ねることが出来るようになれば、もっとライブ(映像)の体験は変わると思うんですよね。
(現時点では制作側が)「主人公がこっちに行ったから、カメラをこっちに切り替えます」ということをやっている訳です。
でも、ユーザーからしたら「別に主人公がそっちに行ったからといって、視点が変わらなくても良いよ」ということもあると思うんです。例えば、「ドラムばっかずっと見てたいんだよね、俺」って人って、絶対に居ると思っていて。「ああ、この曲の時ってこういう動きするんだ」というようなことを見てみたいとか。
ユーザーが自分でカメラを切り替えて、自分で視点を選べる。こちらはカメラを置く位置だけを気を付けて、あとは全てユーザーに委ねてしまう。そういう(VRによる)ライブ体験を、いずれは届けたいです。それが具体的にどのような体験として、形になるのか。挑戦してみたい気持ちがあります。
※1:TOKYO DESIGNERS WEEK 2014で限定公開された、Oculus Riftを用いた360度体験型のMV「Dance In The Rain」。
※2:2015年11月6日、YouTubeがVR映像のアップロードに対応した
後篇では主に、Hello Sleepwalkers『ハーメルンはどのようにして笛を吹くのか』とVRについて話を伺います。公開をお楽しみに!
インタビュー、構成:九十現音
写真:和田東雲
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