2016年8月22日、リオデジャネイロ・オリンピックの閉会式が行なわれた。
その後半、4年後の東京オリンピックへの引き継ぎセレモニーで、音楽監督を務めたのが椎名林檎である。
東京・渋谷の映像が映しだされた瞬間、流れたのは2014年11月発売のアルバム『日出処』収録の『ちちんぷいぷい』(auのCMにも起用された曲だ)。
この前奏を聴いた瞬間、筆者は鳥肌が立った。
そして、映像ののちにくり広げられる、椎名らしさあふれるパフォーマンス。世界の大舞台で椎名の楽曲が、パフォーマンスが、その世界観が披露されたという事実に、武者震いが止まらなかったファンは少なくなかったはずだ。
椎名林檎はここまで到達したのかという感慨はひとしおだ。
椎名がデビューしたのは、1998年5月。
翌年に発売されたアルバム『無罪モラトリアム』がミリオンヒットを飛ばし、一躍その名を全国に知らしめることとなった。
この頃の椎名の楽曲は、身近に感じられ、それでいて憧れを抱いてしまうような強さを持った“女”を描いていた。「あたしは絶対あなたの前じゃさめざめ泣いたりしないでしょ」という日本語の歌詞から始まる『ここにキスして。』が記憶にある人も多いだろう。
当時ヒットを飛ばしていた、モーニング娘。といったアイドルグループが象徴するような、かわいらしい女子とはあまりに対称的な女子像、それが椎名の描く音楽だった。
自ら“新宿系”を名乗っていた彼女のキャラクターもそれを象徴していたように思える。
奇抜さの中にある艶めかしさ、カッコよさ、そして美しさ。
ライブに行くとわかるのだが、椎名のファンにはもちろん男性も多いが、女性の比率が圧倒的に高い。
女性に支持される女性像、それが椎名林檎というアーティストの原点にあるのは間違いないだろう。
その後もナースのコスチュームで強烈な印象を残した『本能』(1999年)でミリオンヒットを飛ばし、2ndアルバム『勝訴ストリップ』では230万枚超の大ヒット。
結婚・出産による活動休止期間を挟むも、3rdアルバムも発売し、着実にファンを増やしていった。
そんな椎名の世界に、新たなる兆しが窺えたのは2003年発売の『りんごのうた』。
この曲はNHK「みんなのうた」で放送されたのである。
この頃にはすでに、椎名の楽曲は初期に多く見られた女性の恋愛を歌ったものばかりではなくなっていたものの、子ども向けの「みんなのうた」には驚かされたファンも多かったはずだ(なお、2009年にも『二人ぼっち時間』が「みんなのうた」で放送されている)。
気がつけば、椎名の音楽は幅広い年齢層に受け入れられるようになっていたのである。
そんな『りんごのうた』で椎名は一旦ソロ活動を停止し、翌年にバンド・東京事変として活動を開始した。
エレキ楽器中心のバンドサウンドは、一見すると原点回帰にも思われた。
が、東京事変はそんな生やさしいものではなかった。バンドサウンドを十二分に聴かせつつも、斉藤ネコ率いるマタタビオーケストラとも度々共演し、音楽の懐の深さを知らしめた。
また、その楽曲に合せて行なわれるパフォーマンスは、もはや“ライブ”と呼ぶには生温い。光と音、そして映像、それらの融合したステージは“ショー”と呼ぶにふさわしい。
そんな活動の傍らで、椎名が初めて音楽監督を務めたのが映画『さくらん』(2006年)である。
安野モヨコが描く江戸・吉原の世界を実写化した、蜷川実花監督の作品だ。
もとより他アーティストへの楽曲提供やコラボレーションなどで多彩な才能を発揮していた椎名ではあったが、音楽監督としての原点はここにあるに違いない(なお、映画『さくらん』は第31回日本アカデミー賞で優秀音楽賞を受賞している)。
2012年に惜しくも東京事変は解散したが、椎名は以前にもまして活動の幅を広げていくことになる。
以前から椎名の楽曲は様々なタイアップに使われていた。
テレビCM、ドラマや映画の主題歌、サッカー中継……。
求められたシーンに応じ、その楽曲はカメレオンのごとく雰囲気を変えた。
このタイアップだからこそのこの楽曲、と唸らされてしまうその手腕はまさに職人技で、年々磨きがかかっている。
そしてそれは、遂には世界の祭典、オリンピックで発揮されることとなった。
かつては等身大の“女”を描き、少女たちに支持された椎名は、17年の音楽活動の中でその世界を大きく広げていった。
デビュー当時には想像もできなかった場所に今、彼女は立っている。
そんな椎名をずっと追ってきた、かつては少女だったファンたちも彼女の音楽と共に大人になった。
17年前には想像もできなかった場所に、やはりファンたちも立っているのではないだろうか。
東京オリンピックは4年後。
日本を舞台とした世界の祭典で、今はまだ想像できないような、新しい世界を椎名はまた見せてくれるのではないか。
そんな期待を抱かずにはいられない。
文:晴海まどか(https://twitter.com/harumima)
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