ロマンポルノ×行定勲×芦那すみれ(BOMI)
「行定勲監督のロマンポルノ『ジムノペディに乱れる』を見て、コラムを書いてください」
タマタマ一緒に仕事をしている友人にそう依頼されて、正直戸惑った。
コラムというものを書き慣れていないのはもちろん理由の一つだが、大きな理由は、何を隠そう、僕はロマンポルノたるものを殆ど見たことがないからだ。
僕は映画監督という職業を、慎ましいながらにやらせてもらっている。そんな身だからこんなことは書きたくない。多分先輩監督やプロデューサーにこのことを知られたらバカにされるだろうし、もしかしたら仕事にも影響が出るかもしれない。少なくとも日活からロマンポルノの依頼は来なくなるだろう。笑えない。しかし本当なのだから仕方がない。正直に告白しよう。ロマンポルノは全く見たことがない。少なくとも記憶のメモリーにはどこにも残ってない。
だから行定監督の初ロマンポルノ作品は、僕の初ロマンポルノ体験である。
「そしてその映画に出演している芦那すみれ=BOMIの音楽についても触れてもらえると助かります」
友人はにこやかにそう言ってきた。
すみません、頑張ってみたけど、無理そうです。ただですらロマンポルノ初体験なのに、門外漢の音楽までも咀嚼できるはずがない。
(行定勲『ジムノペディに乱れる』予告)
ポルノと1984年生まれの僕
そんなこんなでロマンポルノ初体験について書くわけだけど、ここで改めて僕の半生について、触れさせていただきたい。
僕が生まれたのは1984年。ちょうどあのMacintoshがスティーブ・ジョブズによって発表された年だ。
幼い頃の記憶はファミコンをしていた父の姿。今思えばレゴブロックのようなガタガタしたスーパーマリオの姿が脳裏に焼き付いている。
初めて大人の世界というものの存在を知ったのは、小学校低学年のある雨の日。友達と遊んだ帰り道、道に落ちて濡れている「スナイパー」という雑誌を見つけた。開いたら、縄でぐるぐるに縛られた裸の女の人の写真があった。「なんだこれ!」と友達と笑って帰ったあの頃。なんと懐かしいことか。
それから5、6年経たないうちに、そんな雑誌を買う側に回るとは露とも思っていなかった。もうあの日々は戻らない。
インターネットの普及はあっというまだった。高校生になる頃にはどの家庭にもネット環境というのが用意されている時代になっていたし、大学に入る頃にはもう全てが変わっていた。そして「ネットで3分の無料エロ動画が手に入る時代」は、あっという間に「ネットで無料エロ動画全編が手に入る時代」になった。僕はすぐに数人のAV女優を好きになり、愛するようになった。(以降省略)
初めてのロマンポルノ『ジムノペディに乱れる』
そんなことで、僕の初ロマンポルノ体験は、随分不思議で奇妙な体験になった。
もちろん、行定監督の新作として作品を鑑賞し、満足するまで堪能した。
古谷慎二役の板尾創路さんもその他の女優さんも素晴らしく、セックス描写が、ある時はユーモアに、ある時はエロスに、ある時はペーソスに変貌していく展開には息を飲んだ。
しかし、映画を愛する映画監督・松本の背後で、その分裂したペルソナであるAV好きの男・松本が首を傾げていたのは事実だ。
「いやこれ、エロくないやん!」
「いやこれ、本番してないやん!」
「いやこれ、でも中途半端におっぱい見せまくるから勃つやん!」
「いやこれ、でも劇場満杯で、このムズムズどうしたらいいの?」
「いやこれ、生殺しでしょ!?」
そんなことを考えたり思ったりして、本当に申し訳なく思っています。しかし、仕方ないんです。女の裸やセックスを即時に見られる環境に育ち、即時にマスターベーションしてポルノを消費できるような生活を送ってきた男なのです。
初めてのロマンポルノは、作品としては楽しみつつ、ポルノとしては楽しめなかったという結末を迎えた。
結論を急ぐ時代
中途半端に膨らんで行き場所を失った股間を抱えて、劇場を出て新宿の街をそぞろ歩く。
いつもより少しだけ苦く感じるコーヒーを飲みながら、あたりを見回すと、なんとも便利な時代に生まれてきたなぁという感覚を覚えた。そしてそれは若干の違和感でもあった。
1970年代当時のロマンポルノは、80年代にAVが登場してくるまで、やはり性欲処理の目的は大きかったはずだ。
しかし、今やロマンポルノで性欲を処理するのは到底無理な話だ。ましてやAVすらも経済的には低迷する時代になってしまった。
僕を含めた多くの人間は、無料で、カジュアルに他人の裸やセックスを楽しむ、そんな時代になったのだ。
便利といえば便利だが、恥も遠慮もない。対価も払わず他人の身体を自分の快楽に簡単に変換できるなんて、何か人間として尊いものを失ったような気分にもなる。
そして、「果たしてそれってエロスか?」とも思う。
思えば、結論を急ぐ時代になったものだ。
僕がこの映画を「ポルノとして消費する」という気持ちで見てしまったように、人々が映画に求めるものもどんどん変わっていっている気がする。たぶんそれは情緒や感動よりも、もっと直接的な何かのような気もする。
同じように、人が他人に対して求めるものも変わっていっているだろう。人は人に情緒や感動よりも、もっと直接的な利益や快楽を求めているのかもしれない。
そういえば、『ジムノペディに乱れる』はそんな作品だった気がする。
色んな女とのセックスを繰り返しながらも、実際はそんな心の空虚に抗おうとしている男・古谷の物語。
それがこの作品の中心だったのだ。
時代に大きくため息つきながら、コーヒーをからっぽにした。執筆のためにPCを開いてジムノペディを聞く。
映画の数々の場面が思い浮かぶ。
そう、いろいろな場面が。いろいろな裸が。いろいろなおっぱいが。
「古谷さん、僕もあなたの仲間です。」
ジムノペディに乱れながらコラムを書き終わったら、すぐにAVを見てしまうと思う。
映画『ジムノペディに乱れる』
監督:行定勲
脚本:行定勲、堀泉杏
出演:板尾創路、芦那すみれ、岡村いずみ、田山由起、田嶋真弓、木嶋のりこ、西野翔、風祭ゆき
2016年11月26日から新宿武蔵野館ほか、全国の劇場にて公開。
ロマンポルノ:
1971年から1988年の間に制作・公開された成人映画のこと。「10分に1回絡みのシーンを作る」「上映時間は70分程度」等、いくつかのルールの元、17年間で約1100本公開された。
キネマ旬報ベストテンや日本アカデミー賞に選出される作品や監督を多数輩出。
主な出身者に、神代辰巳、小沼勝、加藤彰、田中登、曾根中生、相米慎二、中原俊、周防正行、村川透、根岸吉太郎、金子修介、石井隆、長谷川和彦、荒井晴彦、田中陽造など。
ロマンポルノリブートプロジェクト:
日活ロマンポルノ45周年を記念し、新作と旧作の上映を通してロマンポルノ鑑賞の場を拡大することを目的としたプロジェクト。
ロマンポルノ監督経験のない五人の監督(行定勲、塩田明彦、園子温、白石和彌、中田秀夫)が新作を撮り下ろす。
(ロマンポルノ・リブートプロジェクト予告編。日本を代表する五人の映画監督による撮り下ろし企画。)
Text_Jumpei Matsumoto
Edit_Sotaro Yamada
松本准平(まつもとじゅんぺい):
1984年生まれ。映画監督。2012年『まだ、人間』で劇場デビュー。2014年、監督作『最後の命』(主演:柳楽優弥、原作:中村文則)でNYチェルシー映画祭最優秀脚本賞受賞。2016年、香港国際映画祭にてSIGNIS賞審査員を務める。
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