DABO 『札と月』
ZEEBRAやTwiGy、それ以前の世代がパイオニアとして苦悩しながらつくりあげてきた「日本のHIPHOPシーン」へ颯爽と現れた天衣無縫のラッパー。それがDABOだ。
TwiGyを「マイアイドル」と呼び、ライムスターをリスペクト。
1996年に開催された伝説的なHIPHOPイベント「さんぴんCAMP」ではMuroのステージのバックで手を振っていたDABO。
日本のHIPHOPシーンの成熟期と、黄金期と呼ばれる90年代US HIPHOPの影響をふんだんに受け、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDの中心メンバーとしての活動と並行して、RUN-DMCを輩出したアメリカの老舗レーベルDef Jamからメジャーデビュー。
日本でもHIPHOPのラッパーとして成功できる、アメリカからも認められることができる好例としてB-BOYたちの羨望を一身に集めてきた。
わたしも見慣れたDef Jamのえんじ色のレコードラベルに「DABO/拍手喝采」の文字を見たときは「日本人のラッパーがDef Jamからレコードを出している…!」と感動したのを覚えている。
(DABO『拍手喝采』MV。イントロから上がるテンション。Remixバージョンもかっこいいです。)
DABOの初書籍が『札と月』(2009年、トランスワールドジャパン)だ。
書名の由来は自身の別名「Mr.フダツキ―」を当て字にした「札月」からきている。
この本、単なる「自伝」とは正直言いづらい(「自伝から読み解く…」なんていうタイトルの記事なのにごめんなさい)。
本書の半分ほどは2008年2月1日からAmeba blogで始めたDABOのオフィシャルブログ「PAPER MOON MAN」をまとめたものとなっている。ブログの更新は2011年1月22日でストップしているがAmeba blogで現在も一般公開されており本書掲載の記事も読めるようになっている。
ここまでなら「ああー芸能人のブログをまとめたよくある本ね」と思いがちだが残り半分のカオスっぷりがすごい。
DJ HAZIMEとの対談やDABOと親交の深いラッパーやプロデューサーの座談会までは想定内といえるものの、絵描きとしての顔も持つDABOの手によるイラスト、自身をモデルにした主人公が出てくる短編小説、一行一行すべてにDABOがコメントをつけているリリック解説、DABOが見た夢を自身の手でマンガ化した意味不明なマンガ(タイトル:「イル夢」)まで掲載されているのだ!
DABOの日記にネタ帳、じゆう帳、交遊録までぎゅぎゅっと詰め込んだのが本書『札と月』なのである。
著述業以外の人の自伝は口述でライターがまとめているものが多いが、この本はほとんどがDABO自身の手によって書かれている。自他共に認めるリリシストであり文章を書くスキルに自信があることのあらわれでもあるだろう。
特に興味深いのは、2008年8月1日から8月20日にかけて10回もかけて書かれたNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDについてのブログと、千葉の田舎町に住むB-BOYが主人公の短篇小説『コンプレックス』だ。
NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDの衝撃
NITRO名義で曲をドロップしたのは1998年からだが、彼らの名を一躍有名にしたのは2000年10月、8人が揃いデビューアルバム『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』をインディーズから発売したときだろう。
(NITRO MICROPHONE UNDERGROUND『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』MV。6番目がDABO。メンバー8人全員がその後ソロデビューを果たす。)
平坦なサンプラーの音のみの禁欲的なトラックに乗せて、個性とりどりのラッパー8人がマイクリレーを行う姿は他ジャンルのミュージシャンたちの度肝を抜き、古株のファンたちからはLAMP EYE『証言』の再来と騒がれた。
彼らの評判はすぐ目利きたちに知られることとなり、2000年12月には設立されて間もないDef Jam JAPANの第一号作品として同アルバムがメジャーからリリースされる。
「これは東京に集まった名のる名もないBボーイたちが起こした歴史的なクーデターの話だ。」
DABOはNITROについてそう語り始める。
クラブのフリースタイルバトルで知り合ったSUIKEN。
MUROの運転手をつとめていたGORE-TEX。
雷のメンバーたちとつるんでいたMACKA-CHIN……。
クラブや友だちを通してDABOとNITROのメンバー7人が出会った経緯が丁寧に綴られていく。
そしてNITROを語る上でかかせない渋谷・宇田川町の熱気。
ヒーローはすぐそばにいた。でかい四駆をマンハッタン(レコード)に前付けしたジブラが携帯で喋ってる。その向かいで(G.K.)マーヤンが「暗夜航路」のVHSを手売りしている。そこにパトリックとリノ(雷のメンバー)がシーマで乗りつける。
まだ「成功者」を生み出していないこの頃のシーンはヒーローもヘッズも同じ目線だった。宇田川町に出入りする人間は皆同じムーブメントに参加している同志のような雰囲気があった。一丸となって世の中に一撃くらわそうとしてたんだ。(43p~44p、カッコ内は筆者による)
ヒーローたちの近くで何者でもない自分に膿んでいたDABOがよくたむろしていたマンハッタンレコード本社3階のスタジオ。
ユニット名も名付けずに友だちと吹き込んだレコード「REQUIEM」が宇田川町で話題になる。
そのレコードのレーベルに「キャッチコピー的な何か」として記載されたフレーズ――それが“NITRO MICROPHONE UNDERGROUND”だった。
いつしかそれがグループの名義として認知されるようになり、デビューアルバムはHIPHOPとしては異例の15万枚を超えるヒットとなる。
渋谷・宇田川町に集まったB-BOYの友だち同士がグループの名前すらつけずに始めたラップが日本のHIP HOPの歴史に残る曲を生み出す。その過程がメンバーの一人の手によって生き生きと記されている該当箇所のブログは、2000年前後のHIPHOPシーンの貴重な歴史書となるだろう。
小説を通して赤裸々に語られる生い立ち
華やかなNITROの成功譚からDABO自らの手による短篇小説『コンプレックス』へ目を転じると、タイトル通りコンプレックスにもがく成功以前のDABOの姿を見ることができる。
千葉の田舎町に住む19歳のB‐BOY、万太郎。万太郎が渋谷のクラブから朝帰りの最中、電車の中でチンピラに暴行を受けた直後から小説は始まる。
「お先真っ暗じゃねーかよ」
そのつぶやきと共に回顧される万太郎の過去。
人生最初のコンプレックスは「男子」。小学校へ上がるまで女性ばかりの環境にいたので男子のガサツさが苦手だったのだ。
一番目のコンプレックスを徐々に克服しところで出現した二番目のコンプレックスは「勉強」。
いつだって落ちこぼれとして扱われる彼が得た二筋の光が「水泳」と「絵」だった。一時はオリンピックを目指すほど水泳にのめりこんだものの、大きい大会に出れば出るほど「神様がそのために作られた」ような申し子たちを目の当たりにして一番になれる見込みがないことに気づき、小学五年生で水泳をやめる。
そのころから現れ始めた盗癖。
受験した高校すべてに不合格、やっとの思いで17歳にして高校へ入学するも中退。
ヤンキーにもなれずバイトも半年と続かずコンプレックスまみれの19歳が、25歳でメジャーデビューをする直前にインタビューを受けるところで小説は終わる。
小説としての出来はともかく、何者にもなれない自分にもがきつつ、自分にラップができるのではないかと確信する場面は胸に迫るものがある。
ステージがほしい。
俺の言葉を聴く耳がほしい。
わからせてやる。
俺はヒップホップで勝ち上がるんだ。
生まれも育ちも見た目も学歴も関係ない、スキルがモノをいうラップゲームで勝ち上がるんだ。
俺は何も持っていないし、何にも属してない。
何もないから、頭と体しか使えねーけどそれで充分。
俺にはわかる。
俺はできる。
俺はイケるはず。
機会さえあれば爆発してみせる。そしたら俺は何者かになれる。(120p)
Def Jam Japanを離れ模索しながらも、コンプレックスを乗り越え「何者」かになれた自分を手放さずラッパーとして生きてきたDABO。
その姿は読む者の励みになることだろう。
DABO(だぼ):
1975年千葉県生まれ。1999年「MR.FUDATZKEE」でインディーズデビュー。2000年第一号ソロアーティストとしてDef Jam JAPANと契約。2001年シングル「拍手喝采」でメジャーデビューを果たし、1stソロアルバム「PLATINUM TONGUE」をリリース。ソロ活動と並行して他ジャンルにも影響を与えたHIPHOPグループNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDの一員として2000年アルバム『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』を発表。
NITROは2012年に活動を休止したが、NITROのメンバーであるMACKA-CHIN、SUIKEN、S-WORDと共に2015年東京弐拾伍時を結成、同年ミニアルバム「TOKYO 25:00」を発売。2016年には20年ぶりに行われた「さんぴんCAMP20」にてNITROのメンバーとして日比谷野音でパフォーマンスし会場を沸かせた。現在も精力的に「らっぷびと」として活動中。
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書籍情報
DABO『札と月』
日本が誇るトップMC=DABOの初書籍!
ラップだけではない、DABOの多種多様な才能が詰った1冊!
ラッパーとしての実力はもちろんのこと、ブログを読めばわかる通り文才に恵まれており、さらには絵心もある。そんなDABOの類い稀な才能を丸ごと1冊にまとめたのが「札と月」だ。ほかのミュージシャン/芸能人のものとは一線を博し、その濃い内容に定評のあるブログは、「一番搾り」のごとく厳選したものだけを本書に収録。また、以前から「書いてみたかった」という小説に初挑戦。物書きとしてのデビュー作となるので、一読の価値あり! さらに、「小さい頃は漫画家になりたかった」という彼のイラスト集も必見。もちろん、ラッパーDABOのヒップホップ感に触れられるコンテンツや、プライベートを垣間見れるコンテンツも満載だ。すべてのDABOファン、ヒップホップファンだけでなく、今までヒップホップと接することのなかった人たちでも十分に楽しめる内容になっている。
単行本: 167ページ
出版社: トランスワールドジャパン (2016/5/31)
(Amazonより抜粋)
Text_Madoka Mihoshi
Edit_Sotaro Yamada
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