文豪や著名人など、100通りの文体でカップ焼きそばの作り方が書かれたこの本が話題になっている。
帯文を書いたクリープハイプの尾崎世界観によると、「切実に馬鹿だから、なんかもう泣けてくる」とのこと。尾崎世界観を泣かせるほど切実に馬鹿な本って、いったいどんな本なの?
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(もしそば)とは?
まずは本書の中から代表的な一例を抜き出してみたい。
もしも村上春樹がカップ焼きそばの作り方を書いたら。タイトルは『1973年のカップ焼きそば』。
村上春樹 『1973年のカップ焼きそば』
きみがカップ焼きそばを作ろうとしている事実について、僕は何も興味を持っていないし、何かを言う権利もない。エレベーターの階数表示を眺めるように、ただ見ているだけだ。
*
勝手に液体ソースとかやくを取り出せばいいし、容器にお湯を入れて五分待てばいい。その間、きみが何をしようと自由だ。少なくとも、何もしない時間がそこに存在している。好むと好まざるにかかわらず。
*
読みかけの本を開いてもいいし、買ったばかりのレコードを聞いてもいい。同居人の退屈な話に耳を傾けたっていい。それも悪くない選択だ。結局のところ、五分間待てばいいのだ。それ以上でもそれ以下でもない。
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ただ、一つだけ確実に言えることがある。
*
完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
村上春樹を読んだことがない人にとっては少しわかりにくいかもしれないけれど、村上春樹を少しでも読んだことがある人にとっては、思わずニヤけてしまう絶妙なパロディ感。
もちろんこれは村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』と二作目『1973年のピンボール』のオマージュになっているわけだが、たしかに、こんなものを書くなんて、そして本にまでするなんて、切実に馬鹿すぎて泣けてくる。ふざけるのに真剣すぎる。湯切りと絶望を並列させるのとかアホらしくて笑える。
完璧な湯切りは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
はじまりはTwitter
実はこの本、著者である菊池良のツイートが元になっている。
もしも村上春樹がカップ焼きそばの容器にある「作り方」を書いたら。 pic.twitter.com/La376O749Y
— 菊池良BOT⚡「もし焼き」重版出来 (@kossetsu) 2016年5月15日
このツイートがバズり、その後いろんな人が太宰治、江戸川乱歩、夢野久作、椎名誠、原田宗典などの文体でカップ焼きそばの作り方を書くなどして、twitter上で非常に話題になった。「もしも糸井重里がカップ焼きそばの作り方を書いたら」に対してまさかの本人参戦、模範解答を示したりも。
本人なりに原文を生かして書いてみた。RT @fukukurulife: @hironobutnk @kingmayummy @itoi_shigesato これは糸井さんに読んでほしい。朝から大笑い。 pic.twitter.com/rMNpJC7CNc
— 糸井 重里 (@itoi_shigesato) 2016年5月24日
さらにフジテレビ『みんなのニュース』でも取り上げられ、twitterを越えて「知的な遊び」と注目された。
これがこの度、一冊の本になったというわけで、なんと100人のカップ焼きそばの作り方が書いてある。文豪だけでなく、歌手やエッセイスト、ブロガー、さらには特徴的な文体の雑誌から求人広告、迷惑メールまで。よくもまあ、カップ焼きそばの作り方だけでこんなにたくさん書き分けられたなあと、半ばあきれつつも感心する。
様々なカップ焼きそばの作り方
目次の一部(出典:菊池良note)
個人的に特に面白いと思ったものをあげると、
ドストエフスキー「カラマーゾフの湯切り」
大江健三郎「万延元年のカップ焼きそば」
POPYEYE「カップ焼きそばは、日本発の世界的大発明なのだ!」
池上彰「そうだったのか! 学べるカップ焼きそば」
週刊文春「カップ焼きそば、真昼間の”怪しい湯切り”撮った」
又吉直樹「火ップやきそ花」
イケダハヤト「まだカップ焼きそばで消耗してるの?」
デーブ・スペクター「カップ焼きそばU.F.O.ではケトラーでした」
蓮實重彦「包装批評宣言」
谷崎潤一郎「痴人の焼きそば」
rockin’on「カップ焼きそば2万字インタビュー」
ビジネスメール「焼きそば作成の手順に関して」
百田尚樹「カップ焼きそば飛んできたら俺はテロ組織作るよ」
村上龍×坂本龍一「YS.Cafe 超焼きそば論」
迷惑メール「件名:突然ですが、カップ焼きそばを相続しませんか?」
などなど、全部引用してしまいたいくらい。タイトルだけでもかなりそそられませんか?
イケダハヤト「まだカップ焼きそばで消耗してるの?」とか百田尚樹「カップ焼きそば飛んできたら俺はテロ組織作るよ」とか、パンチありすぎでしょ……。
個人的に蓮實重彦の「包装批評宣言」と村上龍×坂本龍一「YS.Cafe 超焼きそば論」がめっちゃツボでした。
前書きと後書きも村上春樹風に書かれていて抜かりなく(実は前書きと後書きが一番面白いかも)、徹底して真剣にふざけきっているところが素晴らしい。
実は深い社会的意義がある?
しかし本書の素晴らしいところは、実はこの本、相当に啓蒙的であるということ。
この愛すべき馬鹿さで書かれたカップ焼きそばの作り方を読むことによって、少しとっつきにくい古典・近代作家や海外作家が身近に感じられてくる。太宰治、ドストエフスキー、田山花袋、大江健三郎、志賀直哉、紀貫之、夏目漱石、トマス・ピンチョン、三島由紀夫、谷崎潤一郎、坂口安吾、川端康成……、もしかしたら教科書で名前を見ただけで一度も読んだことがない人もいるかもしれないが、本書を読むと、ちょっと読んでみようかな、という気にさせられる。何しろ彼らがカップ焼きそばの作り方を書いているのだから(しかも結構高い確率で湯切りに失敗する……著者の湯切りへのこだわりは尋常じゃない)。
つまり文学作品の入り口にもなっているわけだ。
これ、文豪だけじゃなくて、哲学者とか社会学者とかにも応用できる。すごい。こういう紹介の仕方もあったのかと、はじめは馬鹿さに泣けていたのが、次第に尊敬の念に変わっていく。
やってみた
で、すごく刺激を受けたので、筆者も挑戦してみることにしました。
まずは、詩人の最果タヒ。詩集『死んでしまう系のぼくらに』等が詩集としては異例のヒットを記録し、小説家やエッセイストとしても活躍するいま一番注目の詩人。
最果タヒ 『カップ焼きそばはいつでも最高密度の茶色だ』
都会のラーメンを好きになった瞬間、自殺したようなものだよ。
食べたニンニクの色を、きみの体の内側に探したってみつかりやしない。
カップ焼きそばはいつでも最高密度の茶色だ。
きみがかわいそうだと思っているきみ自身、カップ焼きそばを食べているきみ自身を、誰も愛さない間、
きみはきっと世界を嫌いでいい。
そしてだからこそ、この星に、恋愛なんてものはない。
(作品感が出るように無駄に斜体にしてみた)
元ネタ:
最果タヒ「青色の詩」:『夜空はいつでも最高密度の青色だ』より
映画:『夜空はいつでも最高密度の青色だ』
監督・脚本:石井裕也
出演:石橋静河、池松壮亮、松田龍平、市川実日子、田中哲司
(映画『夜空はいつでも最高密度の青色だ』予告編)
続いて、メロコアバンド、ヤバイTシャツ屋さん。
ヤバイカップ焼きそば屋さん 『ペヤングばり便利』
家 帰りたい ペヤングあるし
家 帰りたい ペヤングあるし糖質制限かかって不機嫌 コンビニでペヤング見つけてご機嫌
ヤフオクで高値にするの勘弁 買いだめしといてご機嫌
糖質制限かかって不機嫌 コンビニでペヤング見つけてご機嫌
よう分からんカフェとかファミレスの焼きそばつい食ってしまって後悔するYO! あの娘に送りたいこのメッセージ 二人で一つのものを仲良く食べたいよ
いつまでたってもペアでヤングでいようね 心込めたメッセージ
本当は手料理作ってあげたいけれど 君の目を見つめて言いたいけれど
料理できないし恥ずかしいから今回は力貸してね お願い!ペヤング世界のどこでも すぐに食べられる 県境越えて
世界のどこでも すぐに食べられる
県境越えて 国境を越えて 君のもとへ届けPEYOUNG YAN YA YAN YAN YAN YA YAN YAN
YAN YAN YA YAN YAN YAN YA YAN YAN
YAN YAN YA YAN YAN YAN YA YAN YAN
ペヤング スーパーの蒸し麺より便利
元ネタ:
ヤバイTシャツ屋さん「無線LANばり便利」アルバム『We love Tank-top』より
(ヤバイTシャツ屋さん『無線LANばり便利』ガチ寝起きPV)
うーん、どうでしょう……。結構難しいもんです。
他にもいろんな作家で試してみたけど、今イチしっくり来ませんでした。意外と、作り方の手順を説明するのが難易度高いんですね。というのも、その作家の文体をしっかり会得していないと書けないから。だから、筆者のような初心者には、替え歌みたいなのしか作れませんでした。
本書の著者、菊池良さんと神田桂一さんは、相当量の読書と文体模写を重ねてこのワザを会得したんだなあと、もはや尊敬の念しかないッス(急に”さん”付け)。
というわけで、100通りの文体が楽しめて、かつ様々な文学作品への入り口にもなる『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』、ぜひ読んでみてください。めっちゃ笑えます。普段あまり本を読まない人と、さんざん本を読みまくった人にオススメです。
書籍情報
『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』
もしも村上春樹がカップ焼きそばの容器にある「作り方」を書いたら――
ツイッターで発信され、ネット上で大拡散されたあのネタが、太宰治、三島由紀夫、夏目漱石といった文豪から、
星野源、小沢健二らミュージシャンまで、100パターンの文体にパワーアップして書籍化されました。
読めば爆笑必至の文体模倣100連発。
さらにイラストは、手塚治虫をはじめとした有名漫画家の模倣を得意とするマンガ家・田中圭一氏の描き下ろしです!
(Amazonページから抜粋)
著者:神田 桂一、菊池 良
出版社:宝島社
Text_Sotaro Yamada
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