クリープハイプの尾崎世界観(Vo. & Gt.)による二冊目の単籍『苦汁100%』が発売され、非常に話題になっている。本記事では、魅力にあふれる『苦汁100%』のみどころをかいつまんで紹介する。文藝春秋BOOKSより試し読みができるので、未読の人はこちらからどうぞ。
尾崎世界観が綴る『苦汁100%』とは
本書は、お笑い芸人・浅草キッドの水道橋博士が主宰する日本最大のメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』で連載されている尾崎世界観の日記『苦汁100%』を一冊の本にまとめたものである。今回の書籍化にあたって収録されたのは、2016年7月19日から2017年2月19日までの8ヶ月間分(メルマガでは2017年7月現在も連載中)。
『水道橋博士のメルマ旬報』は、執筆者60人、文字数20数万字以上の、史上最も過剰な規模と熱量で配信されているメルマガで、登録すると月に3回、膨大な量のコンテンツが届く。
主な執筆陣は尾崎の他に、水道橋博士、岡村靖幸、西寺郷太、サンボマスター山口隆、九龍ジョー、樋口毅宏、酒井若菜、伊賀大介、園子温、高橋ヨシキ、棚橋弘至、坂口恭平、立川吉笑、ダイノジ大谷ノブ彦、マキタスポーツ、サンキュータツオ、ダンカン、などなど。
日記を通して見る、尾崎世界観の赤裸々な感情
本書の魅力のひとつは、赤裸々な感情がストレートな言葉で書かれていて、いわば裸の尾崎の心を見ることができるということ。
たとえば8月13日の日記。この日はロッキンジャパンフェス。
6万人以上収容のこのステージはやっぱり大きすぎる。足りない所が浮き彫りになる。情けなくて堪らなくなって、途中、足元に落ちた汗が涙に見えた。また来年、少しでも大きくなって帰ってきたい。こんな舞台に立てることは幸せだ。売れたい。届かなくて、叫びたくなる程悔しい。(p21)
個人的な見解を言わせてもらえば、クリープハイプは現在の日本の音楽シーンにおいてもっとも重要なプレーヤーであり、尾崎世界観は紛れもなくロックスターだと思うのだが、それでも「情けない」「売れたい」「悔しい」なんてことを思うんだなあと、少し不思議な気持ちになる。
(ちなみに、今年もロッキンの出演が決まってます!出番は3日目の8/11)
他にも「腹が立つ、嬉しい、幸せだ」という表現が目立つ。
ストレートに自分の気持ちを表現することは、簡単なことではない。嬉しい気持ちは言葉にすると照れくさいから、大人になるにつれて難しくなる。悔しい気持ちは言葉にすると負けを認めることになるから、これも難しい。
日本特有の文化なのかもしれないが、一般的に、年齢を重ねるにつれてひとは自分の気持ちを言葉にすることが少なくなる傾向にあるような気がする。
だから、尾崎が本書の中で「悔しい、情けない、嬉しい」といった気持ちをストレートに表現していることはとても素敵なことだと思う。ロックスターは若者のロールモデルになる。本人にはまったくその気がないかもしれないが、恥ずかしいほどストレートに感情表現をする尾崎のようなロックスターの存在は、若者に健全な影響を与えるのではないか。
若者への健全な影響という観点から言えば、家族に関する記述も素敵だ。
尾崎は忙しい毎日の中でも、ツアー中に祖母の墓参りに行ったり、時間を作って実家で家族と食事をしたり酒を飲んだりしている。
2月3日の日記には、
俺も、少しずつ、親孝行しないとな。(p204)
このようにさらっと書かれている。
ロックスターには反抗的なイメージがあるだろう。しかし、当たり前のことだが、彼らは無闇に反抗しているわけではない。真のロックスターは家族を大切にする。
尾崎世界観はひねくれているか?
尾崎世界観というアーティストは、世間から、とてもひねくれたアーティストだと思われているだろう。彼の作る楽曲に素直でまっすぐな作品はほとんどない。普段の発言やライブでのMCも、はっきり言ってひねくれている。エゴサーチして自分の悪口を言っている人を見つけては「こんな奴は聴かなくていい」なんて言ったりするのだから。そして、こうしたひねくれ感が彼の魅力なわけだ。
しかし、矛盾するように聞こえるかもしれないが、実は、彼ほどまっすぐな人間も珍しい。注意深いファンにとっては自明なことだが、彼は、あまりにもまっすぐなゆえにひねくれてしまうのだ(と筆者は勝手に思っている)。
たとえば、雑誌やウェブ媒体における尾崎世界観のインタビューをいくつか読んでみるといい。あるいは、月曜深夜にJ-WAVEで放送されているラジオ番組を聴いてみるといい。そこには、激しく攻撃的な楽曲のイメージとは真逆の尾崎がいる。素直でまっすぐで、かわいらしくさえある尾崎がいる。彼は、誠実にまっすぐに対峙する人に対しては、それ以上の誠実さとまっすぐさで応える人間なのだ。
尾崎世界観のアレ祭~2017、初夏~
今日は、売れっ子作家宇野コーヘ―(@koheibaby)さんと共にお届け!
今夜は苦汁100%について語ったり、二人での特別企画もご用意!!
SPARK BOXにはアレ祭恒例、マイへアイズゴッドから可愛い作品が!#jwave#sp813 pic.twitter.com/BsbTu5vQ5Q— J-WAVE SPARK (@JWAVESPARK) 2017年6月12日
(ラジオでの様子。放送作家・宇野コーヘーをゲストに迎えた神回。楽しそう)
そのまっすぐさが、本書にはわかりやすく描かれている。
「クリープハイプのライブでは、ステージからフロアまでが腸のような形になっている」と尾崎は言う(水道橋博士のメルマ旬報:尾崎世界観『苦汁100%』2017年6月14日より)。なぜなら、尾崎という人間が腸のように複雑に入り組んでいて、彼の作る音楽がそのように複雑で、そしてその音楽に惹かれる人たちも複雑に入り組んだ心理の持ち主だからだ。しかし、繰り返すが、尾崎もファンも、あまりにもまっすぐなゆえにひねくれてしまうのだ。
腸は、腹の中に詰まっている時は(というのも妙な言い方だが)S字状に入り組んでいるが、実は全長8メートルほどもある長い一本の菅である。なんだか話が少し遠回りしている気がしないでもないが、何が言いたいかというと、つまるところ『苦汁100%』とは、普段はぎゅっと詰まった腸を一本の管に引き伸ばしたような、尾崎の本当の姿を見通せるような一冊なのである。
本書を通して、普段の活動からは知ることのできない尾崎の様々な感情を覗き見ること、それは尾崎の心の声を読むことだと言ってよいだろう。
「心の声」から見える文才
そして、その素直な心の声の中に、隠しきれない文才が垣間見えることを指摘しておきたい。
日記という表現形式は、基本的には小説や映画のようなストーリーが必要ないだけに、言葉の組み合わせのセンスが如実に現れる。
『苦汁100%』に本格的なレトリックはあまり使われていない。だから、小説『祐介』ほど強烈な文章が多いわけではない。しかし、飾らない時ほどその人の本質が見えるというものだ。印象的な箇所を少し抜き出してみる。
個人的に、思い出すということが好きだ。何かを覚えるのはあれほど煩わしいのに、何かを思い出すときのあの感じは好きだ。(p25~26)
好きという気持ちは頼りない。脆い、弱い。だからこそ、好きを超えないといけない。好きに落ち着いてしまったらいつか捨てられる。(p81)
大好きです、愛してる。と、大嫌いだ、死ね。は限りなく似ていると思う。(p132)
とてもナチュラルに気張らず書かれているが、これらの短い文章には、大切なことがたくさん詰まっている。
日記文学の伝統
歴史を紐解いてみれば、日本には日記文学の伝統があった。『土佐日記』『蜻蛉日記』『紫式部日記』『更級日記』『十六夜日記』等、古来より、日本文学のひとつの祖を築いたのは日記であった。
その流れは私小説へと引き継がれるわけだが、尾崎が作家としてのキャリアの最初の二冊を私小説風の作品と日記で始めたことは興味深い(厳密に言えば『祐介』は私小説ではないが、「半自伝的小説」と銘打たれている)。私小説と日記は、おそらくもっとも原初的な文学形態と言えるからだ。
尾崎世界観の作家としてのキャリアは今後も長く続いていくだろうが、折に触れてこの『苦汁100%』は、彼の本質が詰まった貴重な資料として何度も引用・言及されるだろう。
冒頭に述べた通り、『苦汁100%』は、2016年7月19日から2017年2月19日までの日記である。いつまで続くかわからないが、1980年代から続いている村上龍のエッセイ『すべての男は消耗品である』のように、長く続くシリーズものとして何冊も出版される作品になるといいなと、いちファンとして素朴に願う。
『苦汁100%』は酒の味
さて、タイトルの通り、『苦汁100%』は、尾崎の苦汁に満ちた日々を綴ったはずのものだった。しかし読み進めるにつれてわかることは、本書は、苦いというよりむしろウマいということ。象徴的なツイートがあるので最後に貼っておく。
思いのほか不味くなかった青汁…中途半端な感じになってしまった。苦汁100%、今日発売。皆さん、買ってください。 尾崎 pic.twitter.com/8HVbSYxliJ
— クリープハイプ (@creephyp) 2017年5月24日
「中途半端」と尾崎は言うが、「苦いと思って飲んだら実は結構ウマかった」とでもいいたげなこの尾崎のリアクションが、全てを語っているような気がする(だいたい、一気飲みしちゃってるしね)。
そう、本書はウマイのだ(一気飲みできるくらいウマイ)。
味を引き立てる苦味、きりっとした炭酸の鋭さ、頑張った後はひときわ爽快に感じられる喉越し。
まるでビールのようだ(ビールの一気飲みは、やめましょう)。
『苦汁100%』は、酒の味がする。
尾崎世界観の人生の苦汁によって醸造された『苦汁100%』というウマイ酒の味を、ぜひみなさんも味わってください。
おまけ
【この本を買った人はこんな本も読んでいます】
・尾崎世界観『祐介』
尾崎による初の小説。未読の方はぜひこの機会に。まるで若い頃の村上龍のように、小説家としての才能が爆発している。
・又吉直樹『劇場』
その『祐介』を、『アメトーーク!』で2016年読書芸人大賞に選んだ芥川賞作家・又吉直樹の最新作。前作『火花』よりも完成度が高く、より感情に訴える作品に仕上がった。尾崎もメルマガで絶賛している。
・峯田和伸『恋と退屈』
尾崎も尊敬する銀杏BOYZの峯田和伸による日記本。かつて更新していたブログ『峯田和伸の★朝焼けニャンニャン』が元になっている。そういえば、クリープハイプと銀杏BOYZって最近対バンしたんだよな……。後日、ミーティアでその時のライブレポが公開されるかも……。
・水道橋博士『藝人春秋』
『苦汁100%』が掲載されているメルマガの編集長、水道橋博士による名著。北野武、松本人志、そのまんま東、古舘伊知郎、甲本ヒロトなど、博士が出会った心に残る人々について小説のように描写した作品。裏話多数あり。
・町屋良平『青が破れる』
やられた。凄すぎて、とにかく落ち込んだ。青が破れた。(2月5日の日記より。p210)
書籍情報
タイトル:苦汁100%
著者:尾崎世界観
定価:本体1,200円+税
発売日:2017年05月24日
ジャンル:随筆・コミックエッセイ
文藝春秋BOOKS
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作品紹介
本当に大切なことは書かないし、書けない。
だから、書く。
楽しい。恐い。売れたい。
嬉しい。悔しい。やりたい。
ロックバンド・クリープハイプのフロントマンであり、
初小説『祐介』が話題をさらった作家・尾崎世界観が赤裸々に綴る、
自意識過剰な日々。
ーー
某月某日
テレビに出ると相変わらずネットでは批判が噴き出す。コイツ喘ぎ声だしてるだけだろう。喘ぎ声で商売してるって凄い世界観だな。こんなようなことを書かれていた。よっぽど燗にさわるんだろう。(ポンポン。癇に障る音。)
某月某日
いつも通っているあの本屋へ。「祐介」がどこに置かれているかの確認へ。前は3冊、サブカルコーナーにぽつんと置かれていた。でも、テレビや雑誌で何度か取り上げて貰った今なら、きっと。そう信じて見たけれど無い。文芸のコーナーに置いていない。サブカルコーナーを見てみると前よりも増えている。おまけに奥の人気の無い音楽書籍コーナーにも追加で大量に並んでいて、絶対に文芸と認めないという書店の意地を感じた。ドラフトで、巨人に行きたいのにオリックスに指名されたら、こんな気持ちになるのかなぁと思った。
某月某日
ライブ本番、今日もアナウンスで冒頭から盛り上がる。細かいミスも気にならない。嫌、本当は気になったけれど、それ以上に良い空気が流れている。お客さんが楽しそうで、そこに答えが見えているから安心出来る。今日も男子が多い。嬉しくなって、「男子」「男性」「男の人」「オス」 「メスじゃない方」と完全に贔屓したコールアンドレスポンスをした。それに対する圧倒的な数の女子からの批判。「女子もやって」という声に対して「だって女子は、ヤッたら終わっちゃうじゃないか」と言ったらもの凄く変な空気になった。
某月某日
夜は皆と飲んでホテルへ。
風呂にも入らず、就寝♫就寝♫(あのCMの救心♫救心♫のイメージで)
(文藝春秋BOOKSより引用)
Text_Sotaro Yamada
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