作詞・作曲をおこなう秋田ひろむには、小説家としての顔もある。
実際、これまでに『しらふ』『スターライト』『花は誰かの死体に咲く』の3作を発表している。そして10月12日にリリースされる『虚無病』初回生産限定盤には、同名の小説が同梱される。
今回は、「小説家・秋田ひろむ」をフィーチャーしてみよう。特に『スターライト』を取りあげることにする。
ネタバレの気になる方は、まずはこの短編小説を読んでから、本稿に目を通していただきたい。
ウェブで読める!『スターライト』
http://www.amazarashi.com/starlight/
『スターライト』には、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』のモチーフが多く用いられている。
たとえば、『スターライト』の登場人物ヨハンJohannの名前は、イタリア語ではジョバンニGivanniと表記される。もちろん、ジョバンニは『銀河鉄道の夜』の主人公の名前だ。
この『銀河鉄道の夜』のもう一人の中心人物カンパネルラの名前の由来といわれているのが、トンマーゾ・カンパネッラというイタリアの神学者だ。『スターライト』の主人公の名前がトマーゾなのは、偶然ではあるまい。
また、『銀河鉄道の夜』はジョバンニと親友カンパネルラが銀河を旅して星をめぐる話だが、『スターライト』でもトマーゾとヨハンが星めぐりの旅をする。
そして『銀河鉄道の夜』がカンパネルラの死をめぐる物語だとすれば、『スターライト』はヨハンの死をめぐる物語だということができる。そう、ヨハンの死をめぐる話として、これから『スターライト』を読み解いてゆこう。
『スターライト』の物語を簡単にふり返ってみたい。
さそり座の星アンタレスを舞台にトマーゾとヨハンの旅がはじまる(第一章)。
わし座の星アルタイルで、二人は少女が白鳥に姿を変えるのを目撃する(第二章)。
オリオン座の星ベテルギウスでは、光を生産する工場がときどき事故を起こしている(第三章)。
二人が最後に訪れるこぐま座の星コカブでは、トマーゾはヨハンの葬儀を目の当たりにしてしまう(第四章)。
第五章では、この星めぐりの旅がトマーゾの小説であったことが明かされる。しかし、今は亡き友人の幻聴ともつかない呼びかけに、トマーゾは2年間引きこもった部屋から外に出る決心をするのだった。
『スターライト』の舞台となる星々は、この現実世界においてそれぞれ独自の性格(伝説や特徴)をもっており、それが実は小説の内容と呼応している。アンタレスから見てゆこう。
夏の空に輝くさそり座の星アンタレスは双子星として有名である。トマーゾとヨハンという二人組の物語がはじまる場所として、これほど相応しい星もないだろう。
また、さそり座のすぐ近くにはケンタウルス座があり、これらの星々の集まりは「さそり―ケンタウルス運動星団」と呼ばれている。興味深いことに、『銀河鉄道の夜』では「ケンタウル祭」という祭りが催されている。このケンタウル祭の夜に、ジョバンニとカンパネルラの二人は星めぐりの旅に出発するのだ。
つまり、さそり座の星アンタレスは二人の物語のはじまりを告げる役目を負っているのである。
第二章の舞台アルタイルは、こと座のベガ、はくちょう座のデネブとともに夏の大三角形を形成することが知られている。とりわけアルタイルは彦星、ベガは織姫として、七夕の夜空を切ない恋に染めあげている。
『スターライト』においては、そのアルタイルで少女が白鳥に変貌し、飛び去ってしまう。この少女は、かつて自分とともに暮らしていた女性だったことに、トマーゾは気づく。星めぐりの旅は、過去をめぐる旅でもあった。あの日別れた悲しみを、彼は今ふたたび味わうことになる。
アルタイルは悲しい恋の星なのである。
第三章のベテルギウスと第四章のコカブは、それぞれ冬の星座オリオン座とこぐま座の星だ。いつの間にかトマーゾとヨハンは夏から冬へ旅していたことになる。
さて、ベテルギウスはおおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンとともに冬の大三角形を形成する。ベテルギウスは超新星爆発を起こす可能性を以前より指摘されており、インターネット上で話題にのぼったこともあるので、天文に詳しくない人でもその名を聞いたことがあるかもしれない。
『スターライト』では、ベテルギウスは光を生産する工場の立ち並ぶ星ということになっている。その工場はしばしば事故を起こし、「雷が近くに落ちた」と感じるほどの轟音とともに強烈な光で人々を死に至らしめるのだという。この光の事故は、星の爆発を容易に連想させる。
では、こぐま座の星コカブはどのように小説と関係しているだろうか。
こぐま座には、おそらく世界で最も有名な星がある。ポラリス。北極星のことだ。だが実は、私たちが「北極星」と呼んでいる星は、26000年周期で交替することが知られている。ある星がその途方もなく長い時を北極星として務めあげたあとは、次の星がその務めを継いでゆくことになる。
現在の北極星ポラリスのひとつ前の北極星こそ、コカブだ。
逆にいえば、コカブは北極星という名を喪ってしまったということでもある。この喪失は、『スターライト』にも反映されている。
トマーゾと親しかった友人は「事故で死んでしまった」という。その死を悼む葬列に、彼はコカブで出くわすことになる。大昔コカブが北極星という名前を喪ったように、トマーゾは友人を永遠に喪っているのだ。
ここでは、「コカブ―北極星」の関係は「トマーゾ―ヨハン」という関係に対応している。
『スターライト』のなかでヨハンは北極星に関係づけられている。トマーゾは彼が自分に北極星のことを教えてくれたことを思い出す。
「北極星は一年中動かないから旅の目印に使われるんだと教えてくれたのも友人だった。」
北極星は旅の目印であり、指針だ。それは不動だから旅人に常に正しい方角を指し示してくれる。
一方、トマーゾの今は亡き友人は「物知りで頭がいい」し、「いつも正しい事を言う」、「何でも相談に乗ってくれ」る人物なのだった。彼は「友達の少ない口下手なトマーゾをいつも遊びに誘って」正しい方向に導いてくれていたのだ。
この友人はトマーゾにとっての北極星にほかならなかった。
彼が死に、トマーゾにとっての北極星であることをやめたとき、トマーゾは「部屋に閉じこもるようになった」。「親しい友人が事故で死んでしまったのがきっかけ」で、トマーゾはあたかも道に迷った旅人のように、歩き回るのをやめ、一つの場所にとどまって、いつ明けるとも知れない夜を生きることになったのだ。
しかしながら、この小説の最後で、トマーゾはもう一度部屋の外へ出てゆく。
「北極星」を喪ってなお、「夜の向こうに何があるのか」、それを知るために、彼は「震える手で玄関の扉をゆっくり開く」。
こうして見てきたように、『スターライト』では、様々な出来事が星に仮託されていることが分かった。その意味で、非常に象徴的な物語といえる。だから、この物語の結末を次のように象徴的に解釈してみよう。
これは、「北極星」を見失った人間が、ふたたび「扉をゆっくり開く」物語、すなわち、人生の指針を見失った人間が、それでもふたたび歩みはじめようとする物語なのだと。
文:小澤裕雪
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