7年以上に及ぶ制作期間を経て、ついに劇場公開されたアニメーション映画『音楽』。ロトスコープによって実現した臨場感のある映像や、個性豊かなキャスト陣も注目を集めている。いったいどのようにしてこの作品ができあがっていったのか、原作者の大橋裕之さんと岩井澤健治監督に話を聞いた。
Photography_Kae Honma
Interview&Text_Momoka Oba
約40,000枚の絵をアニメーションに。
――今回の映画『音楽』は、2009年に発売された大橋さんの漫画が原作となっていますが、どのような経緯で映画化することになったんですか?
岩井澤 : 僕は以前にも、大橋さんの『山』という漫画を原作にしたアニメーションを作っているんです。ただ、その時は短編だったので世の中に広く見てもらえる機会がなかなかなくて。次は長編にしてちゃんと劇場公開したいなと思った時に、映画化するとしたらやっぱり『音楽』だなと。当時、今回プロデューサーとして携わっている松江哲明監督の『フラッシュバックメモリーズ3D』というドキュメンタリー映画のアニメーションパートを担当していたのですが、その編集作業中に『音楽』の映画化について話したら、松江監督も「いいじゃんいいじゃん」と賛同してくれたので、その場ですぐに大橋さんに連絡をして始まりました。
――大橋さんはそれを受けて、ぜひ! という感じだったのでしょうか。
大橋 : そうですね、とても嬉しかったです。ただ、劇中で「ボボボボボ……」という音をどう表現するんだろう、という心配はありましたね。
――岩井澤監督は『山』でもロトスコープ(※実写映像を元にアニメーションを作成する技法のひとつ)を使っていたんですか?
岩井澤 : いや、その時はまったく。『音楽』はロトスコープで作ったので、映像化しやすいように少しだけキャラクターデザインを変えさせてもらったのですが、『山』の時はできるだけ大橋さんの絵に近い形にしようと描いていました。
――時間と手間がかかる大変な手法だと思うのですが、今回はどんな意図でロトスコープを選ばれたんですか?
岩井澤 : 終盤のフェスシーンを作るにあたって、ロトスコープじゃないと難しいなと思ったのが最大の理由です。これはそのシーンの原画なんですけど、すべて一枚一枚描き込んだ上で色を塗っているんです。だいたい10〜12枚の絵を繋げると、1秒間の映像になります。
――映画全体だととんでもない数になりますね。
岩井澤 : フェスシーンの後半部分だけでも4,000枚くらいあります。線画のものと色が入っているものを組み合わせて映像にするので、必要となる絵の枚数が多くて。
――なんと! 想像できないほど大変そう……。
岩井澤 : これが、元になった写真です。2015年に「大橋裕之ロックフェスin深谷」を開催した時に撮った映像を、静止画にして一枚ずつ絵にしていったイメージですね。長編アニメはどうしても効率的な制作方法を選びがちなので、こういう作り方をしているのはかなり特殊だと思います。
――アニメのワンシーンを作るために実際にフェスを開催した人は、他にいないと思います。
岩井澤 : そうですよね(笑)。前例がないので、イメージの共有が難しかったです。なんでアニメなのにわざわざ野外フェスをやるんだ? って不思議に思われてたんじゃないかな。
大橋 : 僕もその時点ではまだしっかりイメージできてなかったので、なぜ野外フェス? ライブハウスじゃダメなのかな? と思うこともありました。でも、賛成して手伝ってくれる方々もいたから。みんなの協力がなければ厳しかったですよね。
岩井澤 : 普通に自前でやろうとしたらたぶん数百万円かかってしまうと思うので、手伝ってくれた方々には感謝しきれません。
――制作中、お二人の間での話し合いはけっこうあったんですか?
岩井澤 : 大橋さんと僕は住んでる場所も近いので、しょっちゅう相談していました。約7年半の間、かなり助けてもらいましたね。
――7年って長いですよね……。制作のペースに波があったりもしましたか?
岩井澤 : はじめは気持ちも盛り上がってたので勢い良くやってたんですけど、3年目くらいで先が見えなくなってしまって。それから数年はほぼ一人で地道に作業してました。最後の1年くらいは、クラウドファンディングでたくさんの人に協力してもらったこともあり、スタッフを集めて一気に頑張りました。
映像も音も声も、100点満点以上の仕上がり。
――劇中の音をどう表現するかが心配だったと二人ともおっしゃってましたが、そのあたりはうまくいきましたか?
岩井澤 : 制作の中盤から先行して音を作ってもらってたので、それができた時点で大丈夫だなと安心できました。僕のイメージどおりだったので。片想いの伴瀬さんやスカートの澤部さんをはじめ、担当してくれたミュージシャンの方々の中で、すでに『音楽』の音楽像が見えていたのかもしれないですね。
――映像と音楽がすごく合っていて、実写に近い印象を受けました。
岩井澤 : フェスのシーンは、元となる映像と同録した音源を使っているので、かなり現実味や臨場感があるはずです。“アニメーション”に対する世の中のイメージを覆せたらなと思って作りました。
――声優陣も個性豊かですが、キャストはどのように決めていったんですか?
岩井澤 : 主役の研二は、最初の話し合いの時から坂本慎太郎さんがいいねって言ってたよね。
大橋 : 何年も前から、研二は坂本さんがいいって思ってたんです。でも、普通に考えたら坂本さんが声優をやってくれるわけないじゃないですか。だから声じゃなくて音で協力してもらおうと思ってたんです。それで、いざキャストを決める時に意を決してダメ元でお願いしてみたら、まさかのOKをいただけて。7年もかけて作ってるって言われたら、もう断れないって(笑)。
岩井澤 : 7年の重みを感じさせちゃったのか(笑)。
――私も最初にキャストを知った時は驚きましたが、実際に映画を観ると研二の役にとても合っていますよね。
岩井澤 : そうなんですよ。話題性のためにキャスティングしたと思われてしまいそうなんですけど、本当に役にハマってるんです。
――岡村靖幸さんの出演も話題になっていましたが、それはどんな経緯でオファーされたんですか?
岩井澤 : キャスティングについて話し合う中で、岡村さんにお願いしたいねって案が自然と出たんです。他の役が全部決まった後、最後に岡村さんにお願いしようと大橋さんに託しました。
大橋 : 何年も前から、岡村さんとマネージャーさんには『音楽』の話をしていて。どこかで協力してもらいたいって相談はずっとしていたんです。ああいう形で出演してもらいたいっていうのはなかなか説明しにくかったんですけど(笑)。改めてオファーしてみたら、すんなりと引き受けてもらえました。結果的に、全部のキャラクターが理想的な声になったと思います。
岩井澤 : 主題歌のドレスコーズも含めて、イメージどおりの仕上がりになりましたね。
大橋 : 原作は2005年に描いたんですけど、あまり時間をかけずにパパッと考えてパパッと描いたと思うんです。だから、今回アニメになったものを見て、かなり立派になったなと。100点満点以上の出来です。
岩井澤 : 嬉しいなあ。
ストレートに前向きな映画を目指して。
――大橋さんはミーティアでも音楽にまつわる漫画を描いてくださってますが、やっぱり二人とも音楽への思い入れは強いのでしょうか?
大橋 : そうですね。音楽が好きだから、バンド漫画を描いてみたいという気持ちはずっとありました。ただ、楽器に詳しいわけじゃないから、本格的なものじゃなくてヤンキーがバンドを始める話にしようと。そうして生まれたのが『音楽』です。
岩井澤 : 僕はもともと70年代の音楽が大好きで、森田の部屋にあるレコードとか、劇中にオマージュ的に入れている要素は完全に僕の趣味です。アビーロードをイメージしたシーンの意味、伝わりましたか?
――ホームページなどでも画像が使われている、古武術のみんなが横断歩道を渡るシーンですよね。
大橋 : 逆から歩いてくるってこと?
岩井澤 : そうです。あそこはただのオマージュではなくてちゃんと意味があるシーンなのです。意外とみんな気づかないんですけど(笑)。
――そう言われるともう一回観たくなっちゃいます。『音楽』は、青春映画としてもすばらしいですよね。
岩井澤 : わかりやすく青春っぽいものは目指してなかったんですけど、実際できあがってみたらかなりいい青春映画になっていて。
――大人はもちろん、中高生とかに観てもらいたいなって。
岩井澤 : それは僕も思います。この映画を観てバンドを始める子たちが現れたら最高ですね。
――あと、ヤンキーが主人公なのに怖い印象のシーンがないっていうのも新鮮でした。
岩井澤 : そうですね、露骨なケンカのシーンとかは入れないようにしました。ポジティブな要素しかないってところを意識していて。最近話題になる映画って、観た後にエネルギーを奪われるような作品が多いじゃないですか。もちろんそういうのもいいと思うけど、僕はストレートに前向きな映画を作りたいなって。
大橋 : 最初から最後までずっと楽しい映画なので、観ている人にも純粋に楽しんでもらえたらいいですよね。
岩井澤 : 先行上映で観てくれた人たちの感想を聞く限り、作り手の熱がちゃんと伝わっている実感はあるので。これからたくさんの映画館で上映して、もっと多くの人にこの作品が届いたら嬉しいです。
アニメーション映画『音楽』公開中!
公式webサイト
アニメーション映画『音楽』原画展
2020年2月13日(木)〜2月17日(月)
会場:hako gallery
『音楽』で使用した原画を展示販売。
オリジナルパーカーやスウェット、Tシャツなども販売される予定。
SHARE
Written by