『天気の子』の新海誠監督に観てほしいミュージックビデオを紹介
新海誠監督の新作長編アニメーション映画『天気の子』が2019年7月に公開されることが発表された。
タイトルからも察せられるように、そこでは天候が重要なモチーフとなっているようだが、そもそも新海誠監督は雨や雲や夕陽などの気象現象をことのほか好んで自作に描いてきた。アニメーション制作におけるデジタル革命の申し子とも言われる彼の表現する雨風は、まさしく時代を画する美しさだ。
さらには、地球上の気象現象のみならず、宇宙規模の天文現象も新海誠監督は積極的に描いてきた。『君の名は。』に降り注いだ彗星はその典型といえる。
(画像の出典:『天気の子』公式サイト)
本記事では、新作の公開決定を祝し、そんな新海誠監督ならきっと気に入ってくれるであろう隕石の降るミュージックビデオ(MV)を紹介することにする。
新海誠監督の映画が好きで、少しでもそれと関係しているものなら何でも知りたいと思う人、天文現象が好きな人、とにかく良質な動画が好きな人全員の楽しめるセレクションにしたつもりだ。ぜひご覧いただきたい。
未知との遭遇 Worn Out Sun『アナザーワールド』
『アナザーワールド』
最初にご紹介するミュージックビデオは、デンマークの3人組グループWorn Out Sunの歌う『アナザーワールド』(2015年)だ。
恐らくこのグループは、日本はおろか、世界的にもあまり知られていないと思われる。2018年12月9日現在、『アナザーワールド』はYouTubeでわずか2,000回強しか再生されていない。
しかし、一旦このMVを観はじめたら、大理石のように端正なその映像にほとんどの人が惹きこまれてしまうに違いない。私たちはカメラに導かれ、少女の薄暗い部屋にそっと足を踏み入れる。すると、その暗がりにバイオリンの厳かな音色が滲んでくる。
窓の外を見やる少女の視線の先を、隕石が飛ぶ。
あなたは異世界から来た ただの異邦人
それならわたしは ただの異星人の女の子
宇宙服をまとった「異星人」と少女が対面する。最後に明かされる「異星人」の素顔は、鮮烈な驚きを呼ぶだろう。まるで宇宙の神秘そのものが「異星人」となって現れたかのようだ。
このMVのすばらしさを、世界の99.99999パーセント以上の人がまだ知らない。心からおススメしたい1本である。
ネコとキュウリの死闘 Too Mad『マインド・インベーダー』
『マインド・インベーダー』
『アナザーワールド』とは打って変わり、『マインド・インベーダー』(2018年)は全編アニメーションのギャグMVだ。歌っているのは、スイスの2人組Too Mad。
突然、ネコの街に隕石が落ちる。落下地点には、細長い謎の物体。その影響なのか、次第にネコたちは洗脳されてゆき、争いが頻発する。どうやら何者かがネコの精神(マインド)を侵略しにきたらしい。
その侵略者(インベーダー)の正体は、見る限りキュウリらしいのだが…。
ネコ好きの方の中には、ネコがキュウリを妙に怖がるという習性をご存知の方がいるかもしれない。数年前、ネコがキュウリにびっくりして跳びはねる様子がYouTubeに投稿され、それがテレビで紹介されたこともあった。MV『マインド・インベーダー』は、そのようなネコの性質にヒントを得て作られているようだ。
と、こんなふうに解説してみても、正直なところ、なんだかよく分からないMVなのだが、息抜きにオススメ。
まるで映画を観てるみたい レニングラード『パリじゃない』
『パリじゃない』
こちらもギャグMVだが、スケールはかなり大きい。歌っているのはロシアのグループ、レニングラード。彼らのMVはYouTubeにアップロードされるたび、数千万回以上再生される。今年3月に公開された『パリじゃない』(2018年)もすでに1,600万回を超えた。
隕石が地球に大接近している。そのニュースを報じるテレビ。ゲームに夢中の男。彼は足を骨折しており、そのせいなのか、妻に家事を任せきりにしている。ところがその妻は、陰で悪の組織と戦うスーパーウーマンだった…。
MVには忍者(?)も登場し、派手な格闘シーンが満載。ギャグもアクションも何でもありの、とにかく楽しい一本だ。
ちなみに、MVの最後に、夫婦の間で会話が交わされる。ここはオチになっている箇所なのだが、日本語字幕が付いていないため、翻訳しておこう。ネタバレを避けたい方は、MVをご覧になってからお読みください。
「食器はぼくが洗っておいたよ」
「あなたが私のヒーローよ」
新海誠に教えたい ロック・ドッグfeat.ヨールカ『太陽まで』
『太陽まで』
ここまでは、新海誠に事寄せて、隕石の降るミュージックビデオを紹介してきた。最後に、隕石こそ降らないものの、新海誠監督の映画をまざまざと思い出させるMV『太陽まで』(2018年)を紹介したい。
「オマージュを捧げた」とはっきり述べている文言はクレジットされていないようだが、筆者の見立てでは、新海誠監督からの影響は明らかである。
ロシアの女性歌手ヨールカの繊細な声が映える、とても見事なMVなので、まずはご覧になってから、以下の解説をお読みいただきたい。(余談だが、ヨールカの顔立ちがミッツマングローブに似ている気がする。)
『太陽まで』においては、人生が高層ビルとして表象されている。少年は階を上がるごとに、青年へと変貌してゆく。人生はよく山登りに例えられるが、このMVでは高層ビルに例えられているわけだ。おもしろいのは、ただの比喩であるはずの表現が、現実のものとして映像化されている点である。
階段を駆け登ってゆく少年を追いかけるカメラは、踊り場を回ってアングルを変えた直後、すっかり青年に成長した男の姿を捉える。
恋人は妻へとステップアップし、喧嘩の踊り場を過ぎたら、仲直りの階段を共に歩みだす。
しかし、ある高さまで来たとき、最愛の妻は立ち止まる。セリフはない。ただただ幸せそうな微笑みをその顔に湛える。
MV再生開始ちょうど3分のところだ。ここから3分30秒までの一連のシークエンスは圧巻である。気になる方も多いだろうから、この場面の歌詞を翻訳しておこう。
私は空(くう)に消え入り
理解する 数多の歴史
何を守るべきか知るのは、失うときでも悪いのは僕らじゃない
私たちは空に消え入り
単純なもの探す 複雑さに
私たちの幸せは多弁じゃない、無限
まさにこの場面こそが、新海誠の映画を彷彿させる。
ワンピースを着た妻を、膝から首元へかけて、だんだんと陽射しが照らしてゆく。新海誠監督『秒速5センチメートル』の第2話「コスモナウト」で、異世界にいるアカリを足元から徐々に陽射しが染めてゆくシーンと、ここは酷似している。
(画像の出典:『秒速5センチメートル』公式サイト)
また、夫が妻の手を握ろうと伸ばした手が虚空をつかむところは、『君の名は。』の「かたわれ時」のワンシーンと酷似している。
新海誠監督からの影響を検証することが本記事の主眼ではないので、画像の比較はあえて行なわないが、彼のアニメーションを何度も観返したことのあるファンなら、おそらく両者の一致にすぐ気がつくだろう。
こうして新海誠監督の映画にさりげないオマージュを捧げているかに見えるMV『太陽まで』は、人の心の機微に分け入る、実に印象深い作品に仕上がっている。
今回はご紹介できなかったが、隕石の降るMVは他にもあるし、新海誠監督の作品を彷彿させる映像作品はもっとたくさんある。明確にオマージュを捧げているもの、たまたまモチーフが共通しているもの、雰囲気の似ているもの。
ここ数年、筆者はそれらを目にするたびに、リストアップしてきた。いずれ機会があれば、ご紹介したい。
<関連情報>
新海誠作品ポータルサイト
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