こだま『ここは、おしまいの地』ちんぽと集落とサウナと水風呂
私小説『夫のちんぽが入らない』(以下、『ちんぽ』と表記)がベストセラーになったこだまによる初エッセイ集『ここは、おしまいの地』が話題だ。これは2015年より『Quick Japan』にて掲載されていたエッセイに加筆修正したもの。
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悲劇と喜劇は紙一重『リアクション文芸人』こだま
『ちんぽ』が夫婦についての話だったのに対し、『ここは、おしまいの地』は、作者の身のまわりで起きた事柄や、子どもの頃の思い出、「集落」と表現する地元の話、父や母、妹たちについての話などが書かれている。
『ちんぽ』の帯には「これは結婚という名の怪我をした、血まみれ夫婦の20年史である」と書かれていた(松尾スズキ)。本書にも、『ちんぽ』と同じくらいの痛みがある。いや、幼少時から現在にいたるまでの痛み、父や母の痛みまでふくまれるので、むしろ痛みのレベルはちんぽを超えるかもしれない。
しかし文章にユーモアがあるので、あまり悲惨さを感じさせない。というより、状況が悲惨になればなるほど、面白おかしく描写されている。たとえば次のように。
「今のあなたは転んだだけで死にます」
眠れないほど痛む首の具合を診てもらったところ、医師はアフリカ奥地の祈祷師みたいなことを言った。
免疫系の持病をこじらせ、頸椎がありえない角度にずれ、神経に支障を来しているらしい。
「いいですか、絶対に転んではいけませんよ」
いっちまえ、と言わんばかりに念を押す。
「もし転ぶなら後ろです。後ろに転んで下さい。当たりが良ければその衝撃で骨が元に戻るかもしれない」
完全に面白がっている。やはり期待しているのだ。
私はすぐに入院の手続きをした。
(「私の守り神」より)
転んだら死ぬくらい頸椎がずれている。それはもう言葉にできないほどの激痛が走っているはずだ。
切実で切迫した場面のはずなのに、しぜんとこの作者に、出川哲朗や上島竜兵の顔が重なってしまう。
「絶対に転んではいけませんよ」が「転ぶなよ」→「押すなよ、押すなよ」に脳内変換される。次のページをめくる頃には、読者の内なるS心が刺激されて、この作者の背中を蹴りたくなっているだろう。
文筆の世界には、リアクション芸人的なポジションのひとはいるのだろうか? もしいないのならば、作者のことを「リアクション文芸人」と呼びたい。もちろん半分冗談だが、しかし、この呼び方はそれほど的外れではない気もする。作者は自分の人生に対するリアクションとして文章を書いているからだ。読みすすめると、「悲劇と喜劇は紙一重」という言葉が思い出される。
より深く『ちんぽ』を愉しむためにも
本書には、前作『ちんぽ』と重なる部分もある。たとえば「すべてを知ったあとでも」と題された章は、『ちんぽ』のあとがきのようにも読める。
本書は『ちんぽ』の長い解説でもあり、『ちんぽ』の続編でもあり、『ちんぽ』の前日譚でもあるというわけだ。
本書を読むことで『ちんぽ』をより深く愉しむことができるし、『ちんぽ』を再読したくもなる。ちんぽ→おしまい→ちんぽ。そしてまたおしまい、ちんぽ。
ちんぽとおしまいの無限ループだ。
このループは、サウナに似ている。サウナ→水風呂→サウナのループ。
汗をかいたあと水風呂に飛び込むことで肌が引き締まり、身体が強くなって、もっと長い時間サウナに入れるようになる。そしてもっともっと汗をかく。もっと水風呂が気持ちよくなる。ちんぽからのおしまいは、このナチュラルトリップの中毒性に似ている。
ちんぽ(サウナ)→おしまい(水風呂)→ちんぽ(サウナ)。
このように繰り返し読むことで、あなたの心はととのうかもしれない?
欠けていることが私の装備
ふざけるのはこの辺にするが、端的に言ってこの本、読むと元気になる(ちんぽだけに?いやいや)。
なにかで失敗したり嫌なことがあったりして「……終わった」と思ったことのあるひとは多いだろう。そういう意味では、誰しも心のなかに「おしまいの地」を持っているのではないか。
本書は、それでもいいのだ、と教えてくれる。
「終わった」と思うようなことがあったとしても、それはやがて自分の武器になるのだと。
あとがきには、次のように書かれている。
洗練された街、文化的な家庭、健康的な心身、コミュニケーション能力、運。そのどれもがない。「欠けている」ことが私の装備だと気が付いた。自分の見てきた景色や屈折した感情をありのまま書けばいいのだ。
(こだま『ここは、おしまいの地』あとがきより)
「欠けている」ことが私の装備。
これほど励まされる言葉はない。
【この本を買った人は、こんな本も読んでいます】
こだま『夫のちんぽが入らない』
同じ大学に通う自由奔放な青年と交際を始めた18歳の「私」(こだま)。初めて体を重ねようとしたある夜、事件は起きた。彼の性器が全く入らなかったのだ。その後も二人は「入らない」一方で精神的な結びつきを強くしていき、結婚。しかし、「いつか入る」という願いは叶わぬまま、「私」はさらなる悲劇の渦に飲み込まれていく……。
(こだま『夫のちんぽが入らない』特設サイトより抜粋)
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爪 切男『死にたい夜に限って』
出会い系サイトに生きる車椅子の女、カルト宗教を信仰する女、新宿で唾を売って生計を立てる女etc. 幼くして母に捨てられた男は、さまざまな女たちとの出会いを通じ、ときにぶつかり合い、たまに逃げたりしながら、少しずつ笑顔を取り戻していく……。
(爪 切男『死にたい夜に限って』特設サイトより抜粋)
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乗代雄介『十七八より』
第58回群像新人文学賞受賞作品。要約がほとんど不可能な怪作。
選考委員たちに「捨ておけない才気(辻原登)」「小説にしかできないやり方で現実と格闘している(多和田葉子)」と言わしめた。
実は、こだま、爪 切男、乗代雄介の3人は、かつて一緒に同人誌『なし水』を作って文学フリマなどの文芸イベントに参加していた仲間。コミケの文学版と言えば想像しやすいだろうか。同人イベントの同じブースで売り子をしていた人たちが、こうして本を出版するという状況は、(作風とはまったく逆に見えるが)少年漫画的なロマンがある。努力、友情、勝利!!
書籍情報
ここは、おしまいの地
著者:こだま
定価:1,200円(税別)
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