尾崎世界観『祐介』
人気ロックバンド・クリープハイプの尾崎世界観による、「祐介」が「世界観」になるまでを描いた渾身の初小説。
たったひとりのあなたを救う物語。
http://hon.bunshun.jp/sp/yusuke
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暴力とセックスと焦燥感の小説――。
クリープハイプのフロントマン・尾崎世界観が発表した初の小説には、そんな形容がふさわしい。
特設サイトにアップされた動画で、本人はこう語っている。
「10代の後半から20代の前半までいろいろと思い返して、恥ずかしいことや悔しいこと、悲しいこと、腹の立つことを全部書いていきました」。
タイトルの『祐介』は本人の本名であるし、本作は、尾崎世界観の自伝的要素が強い小説だと言えるだろう。
主人公はスーパーでアルバイトする売れないバンドマン。
メンバーの結束はバラバラで、バンドは崩壊寸前。
「こんなバンドが売れるわけがない」と投げやりな気持ちになりながらも、金を払ってライブハウスのスケジュールを埋める。
だがライブにはほとんど人が集まらないので、箱代を回収できない。1分につき1792円をライブハウスに支払うような状況で、主人公は水道代も払えないほどの貧困に陥ってしまう。
「今となっては、自分でも本気なのかどうかわからない。気がついた時にはもうあともどり出来ないところまで来ていた」。
そんな絶望の中で、主人公は、アルバイトのタイムカードを切る時にしか達成感を見出せない。数少ないファンの女の子との情事はどうしようもなくみじめで、唯一心惹かれる相手はバンドマン狂いのピンサロ嬢。
物語後半、主人公は、とあるきっかけで京都のライブハウスに招かれて演奏することになる。
新宿から夜行バスで向かった先に彼を待ち受けていたのは、周囲に草の生えたライブハウス、裸の王様のような勘違いミュージシャン、劣悪な環境での演奏、とてつもなく汚い居酒屋でのくだらない打ち上げ、出っ歯の女とのどうでもいい情事、それに端を発する目を覆うような暴力……。
どこまで行ってもこの主人公には出口がないわけだが、物語は終盤で突然、奇妙な展開を迎える。
そこから先は、作者の、まさに「世界観」が爆発する。ただし、よく言われるような曖昧な評価としての「世界観」ではないのだが。
ざっくりと分類すれば、本作は、夢追う若者の青春小説である。
この意味において、Netflixによるドラマ化でいまふたたび注目を集めている又吉直樹『火花』と共通するものがある。
『祐介』は、音楽版『火花』といってもいいかもしれない。
『火花』に関しては色々な評価があるかもしれないが、「芸人の次はミュージシャンが小説か」などとナメてはいけない。なぜなら、『祐介』というこの作品、端的に言って、傑作だからである。
あらゆる表現方法の中で小説だけが持つ利点とは、言葉による描写の力であるが、本作はその力をじゅうぶんに発揮している。
尾崎世界観の文章の特徴は、圧倒的な描写力と、対象への醒めた距離感にある。
この物語の主人公は、自分を取り囲む陰惨で不幸な現実に一方では中指を立てながら、また一方では、離れたところに立ってじっと対象を観察する。その観察眼からは注意深く感傷が排されていて、ともすればベタベタとしたセンチメンタルな独白や言い訳になりそうなところを、実にうまく回避している。
その結果、この小説は、ありとあらゆる体液の臭いや肉体の痛みを発しながらも、登場人物をコミカルに描き出すことに成功し、かつ、あらゆる箇所からそこはかとない哀しみを滲み出させることにも成功している。
怒りと、哀しみと、批評的な視線。これらが小説全体に通底している。やはりこの小説には、「人気ロックミュージシャンが書いた初めての小説」などという薄っぺらいレッテルは似合わない。
中盤の悪夢の描写などは、この小説の読みどころのひとつであり、その痛みと恐ろしさに、読者は身を震わせるだろう。
こういった描写は、若き日の村上龍を彷彿とさせる。
そう思って読み進めると、本作は、大ヒットした村上龍のデビュー作『限りなく透明に近いブルー』の舞台を現代にアップデートしたようなものだと思えてくる。『限りなく透明に近いブルー』も、圧倒的な描写力で暴力とセックスと若者の自堕落な生活を描き、感傷を排してなお哀しみを感じさせる小説だった。『祐介』は間違いなくその系譜にある。
現実と幻想が入り乱れるラストシーンは、圧巻で胸に迫る。
本稿冒頭で、「自伝的要素が強い」と、あえて「自伝小説」と言い切らなかったのはここに理由がある。なぜならこのシーンで、主人公の祐介は、同時に三人も登場するからだ。
このマジックリアリズム的なラストシーンの強度は、デビュー作としてはかなり高いレベルに到達しているのではないか。
尾崎世界観の歌詞はしばしば「文学的」と言われてきたが、本作をもって、その形容詞は名詞へと変わるだろう。
すなわち、尾崎世界観が書く言葉は文学である、と。
この作品が次回の芥川賞候補にノミネートされても、いや、よしんば受賞したとしても、まったく不思議ではない。
才能ある新たな小説家の誕生を素直に喜びたい。
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