2018年版 恋するミュージックビデオ傑作選 ~海外編
ミュージックビデオ(MV)はもはや芸術の一ジャンルと言っていい。
音楽、映画、マンガ、ダンス、文学、アニメーション…。そのいずれでもないが、そのいずれをも取りこむことができる。
SF映画仕立てのものから、ダンスパフォーマンスまで、表現の幅は非常に広い。
また、扱う内容も、恋愛からバイオレンス、果ては宇宙の神秘まで、多種多様だ。
この世界にはすばらしいミュージックビデオが溢れている。
しかし、残念ながら、音楽の付属物と考えられることが多いせいか、世間の注目度は比較的低い。
そこで、今回の記事では、日本人が普段それほど目にしないと思われる海外のミュージックビデオのなかから、恋愛要素のつまった作品を3本紹介したい。
しかも、この3本はすべて今年公開されたものだ。短いところがMVの長所でもあるので、ぜひご覧いただきたい。
『何百万ものバラ』
まず紹介するのは、『何百万ものバラ』のMVだ。
原曲となった『百万本のバラ』は、日本でも加藤登紀子の歌として知られているが、もとはラトビア人が作曲したソ連の歌である。
これまで何人もの歌手が歌ってきたが、世界的に有名なのは、ヴォズネンセンスキー作詞・プガチョワ歌唱のバージョンだ。加藤登紀子が歌っているのは、これの日本語訳バージョンになる。
今年の4月、この『百万本のバラ』をロシアの歌手がヒップホップ風にアレンジし、新たに歌詞を書きおこして歌った『何百万ものバラ』のMVが公開された。
(『何百万ものバラ』)
歌っているのはエゴール・クリードというロシアで大人気のラッパーで、動画公開後わずか半年足らずで再生数は5,900万回を超えた。
サビのメロディに聞き覚えがある人も多いだろう。この部分の歌詞は原曲と同じだ(日本語版は意訳しているため、少し異なる)。
何百万もの赤いバラを
窓から窓から窓から見てる
あなたにあなたにあなたに恋して
自分の命を花に変えて
(『何百万ものバラ』)
しかし、全体としてみると、エゴール・クリードの『何百万ものバラ』の歌詞は原曲とも日本語版ともかなり違う。
『百万本のバラ』の歌詞には明確なストーリーラインがある。貧しい画家が女優にたくさんのバラの花を贈るが、報われない、切ないエピソード。
一方、『何百万ものバラ』で歌われているのは、より抽象的な、失われた愛だ。
愛し、憎み、愛するものを憎む
心の温度が零に近づく
愛し、憎み、愛するものを憎む
ミュージックビデオは強盗をからめた愛と裏切りの物語に仕立てあげられた。ピアノの澄みきった哀しげな旋律と暴力シーンとがコントラストを作っており、あたかも愛と憎しみのコントラストを反射しているかのようだ。
ちなみに、エゴール・クリードはもう一人の有名なロシア人歌手ポリーナ・ガガーリナ、そしてDJ Smashとともに、2018年FIFAワールドカップ・ロシア大会のテーマソング『チーム』を歌っている。
非公式ながら日本語訳も付いているので、興味のある人はぜひご覧あれ。
(『チーム』)
『あなたといるわ』
『百万本のバラ』は貧しい画家が女優にバラを贈る話だと書いたが、この画家にはモデルがいると言われている。
グルジア(現ジョージア)生まれのニコ・ピロスマニだ。
ピロスマニ『女優マルガリータ』
( 日ソHPより)
ピロスマニは放浪の画家とも称され、絵画の専門教育を受けていない。そのためか、彼の絵には素朴な味わいがあり、『百万本のバラ』の歌詞の内容と、彼および彼の絵のイメージとがよく釣り合っている。
ところで、日本人はグルジア(ジョージア)のことをどれくらい知っているだろうか。グルジア・ワインを思い浮かべる人は多そうだ。また、相撲が好きな人なら、栃ノ心や臥牙丸の出身国であることを知っているかもしれない。
では、グルジアの歌手のことは?
次に紹介するのは、そのグルジアの歌手ムーシャ・トチバゼが歌う『あなたといるわ』のMVである。
(『あなたといるわ』)
風変わりなMVだ。
ノスタルジックな映像とメロディのなかを、超絶美形のムーシャがはしゃいでいる。どこか間の抜けているその様子が何となくいじらしく、可愛らしい。
歌詞もかなり平易で、「あなたといるわ」とムーシャが連呼するサビの部分が歌詞全体の半分以上を占めている。
私たちは二人きり 何もない部屋
ガラスに伝う 温かな雨の涙
あなたは黙りこんで 私はもう帰る時間
行きたくない あなたといるわあなたといるわ
あなたといるわ
あなたといるわ
それにしても、このダサかわいいMVではムーシャのせっかくの美形がもったいない気がしないでもない。顔が整いすぎているので、作品は少し定型をハズしたいという気持ちは理解できるし、自分も監督だったらそうするかもしれないが、それにしても、だ。
実は、この歌はロシア人歌手のナターリヤ・ヴェトリツカヤの歌う『あなたといるわ』(1993年)のカバーである。
ソ連が崩壊してからまだ2年しか経っていない頃の歌だ。そのため、MVの監督は古い時代へのノスタルジーを込めたのかもしれない…。
と、最初は思ったのだが、我ながら腑に落ちないので、同じ監督の別のMVも観てみたところ、これは彼の独特のセンスなのだと思い至った。
(『ラジオ』)
やはりムーシャが歌っているのだが、『あなたといるわ』に輪をかけて奇妙なMVだ。
こういうものを発掘するのも新しいMVを観つづける醍醐味といえるかもしれない。
『セカンドハンドの恋人たち』
最後に、イスラエルの歌手オーレン・ラヴィーが歌い、自ら監督を務めたMV『セカンドハンドの恋人たち』を紹介しよう。
今回挙げるMVのなかでは、これが作品としての完成度は最も高いと思われる。
「セカンドハンド」とは、「中古」を意味する英単語だ。
直訳すれば、『セカンドハンドの恋人たち』は『中古の恋人たち』ということになる。要は、この歌の場合、元カノのことだ。
(『セカンドハンドの恋人たち』)
9人の女性たちが1人の男の部屋にいる。彼女たちの行動一つ一つが彼の行動につながっている。
タイトルから察すると、彼女たちは全員この男と別れた女なのだろう。別れてもなお、女は男に影響を及ぼしつづけるものと考えるべきか、それとも、女たちとの暮らしを通して少しずつ男の生活が形作られていったと見るべきか。その両方か。
夜がぼくらを描く
月はぼくらを裏切る
闇がぼくらをむき出しにする
今夜 隠れたまま
寝ているセカンドハンドの恋人たちを
いずれにしろ、セカンドハンドの恋人たちがその存在感を露わにする場所は、外からは見えない死角、別れた人の意識の暗がりにちがいない。
月ではなく、闇こそが彼女たちを照らしだす(むき出しにする)というのだから。
本記事で紹介した海外ミュージックビデオは、全体の豊饒さに比べると、文字通りの意味で大海の一滴に如かない。
願わくは、この記事をきっかけに海外MVに興味をもって、自ら進んで発掘されんことを。
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