2018年2月3日から公開され、大ヒットしている映画『羊の木』。すでに釜山映画祭でキム・ジソク賞を受賞し、シカゴ国際映画祭やハワイ国際映画祭への正式出品、台湾金馬映画祭での上映が決定するなど、海外での評価も高い。いったいどんな映画なのか?
(映画『羊の木』予告編)
あらすじはこちら。
さびれた港町・魚深(うおぶか)に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。
市役所職員の月末(つきすえ)は、彼らの受け入れを命じられた。
一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。
やがて月末は驚愕の事実を知る・
「彼らは全員、元殺人犯」。
それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で受け入れる、国家の極秘プロジェクトだった。
ある日、港で発生した死亡事故をきっかけに、月末の同級生・文(あや)をも巻き込み、
小さな町の日常の歯車は、少しずつ狂い始める・・・。
(『羊の木』オフィシャルサイトより引用)
吉田大八×山上たつひこ×いがらしみきお
監督は、『桐嶋、部活やめるってよ』『紙の月』『美しい星』などの吉田大八。CMディレクター出身だが、近年は次々と話題作を発表し、日本を代表する映画監督として地位を築きつつある。特に『桐嶋、部活やめるってよ』は各映画賞を総ナメし、異例のロングランヒットを記録した。
原作は、『がきデカ』などの山上たつひこが原案、『ぼのぼの』などのいがらしみきおが作画した漫画作品『羊の木』。ギャグ漫画の巨匠同士が異例のタッグを組んだ超話題作で、2014年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した。
”普通じゃない”キャラクターの、映画史上もっともエロい歯磨き
6人の元殺人犯を演じた役者陣が豪華すぎる&キャラが濃すぎる。
北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯、そして松田龍平。
全員が”普通じゃない”キャラクターで非常に印象的だが、特に、優香の生々しい色気はかなり強烈だ。「セクシー」という可愛げのある言葉ではなく、もっと直接的で生々しくて攻撃的で、それでいて哀愁もある、危うい色気を感じさせる名演。まだ映画を見ていない人は何のことかわからないかもしれないが、「映画史上もっともエロい歯磨き」はこの映画の中にある。
また、元受刑者の中で唯一、主人公・月末一と友情のようなものを結ぶ松田龍平演じる宮越一郎も、後述するが、観客の心をかなり揺さぶるキャラクターとして描かれる。
嫌な男を演じさせたら右に出る者のいない北村一輝、何かに怯え続ける市川実日子、気弱だが酒が入ると豹変してしまう水澤紳吾、雰囲気のありすぎる田中泯。
全員合わせて懲役47.5年の”普通じゃない”キャラクターたちが、映画に強いアクセントを与え続ける。
錦戸亮という珍しい主役について
そうした”普通じゃない”キャラクターたちのなか、唯一、”普通”のキャラクターなのが、錦戸亮が演じる主人公・月末一(つきすえ・はじめ)。
映画の主人公は普通、強い個性があり、どこかのタイミングで能動的に動き出し、物語をドライブする力を持つ。しかし、錦戸亮演じる月末一には、強い個性も能動的な動きもない。凡庸で、どこにでもいそうで、いかにもイメージ通りの冴えない市役所職員で、最初から最後まで受け身で、周囲にひたすら振り回される。それでいて物語を主導している。
こういうタイプの主人公は珍しい。映画という形式は、主人公のキャラクターを強くする傾向にある。なぜなら、二時間しか時間がないからだ。限られた短い時間の中で、観客に強い印象を残し、感情移入させるためには、主人公のキャラが立っていなければいけない。特に近年の映画はわかりやすさが求められているので、その傾向はますます強くなっている。
しかしその逆を行くのが本作の主人公。定石通りにいけば失敗になるかもしれなかった”普通”さは、周囲の”普通じゃない”キャラクターと錦戸亮の”受け”の演技によって、味わい深いものになった。各所で絶賛されている通り、錦戸亮の素晴らしい演技は本作の大きな見どころのひとつだろう。
他者を受け入れられるか?
本作のひとつの大きなテーマは、「他者を受け入れられるか?」ということ。
本作には、「罪を償った人を色眼鏡で見てはいけない」という理性と、「でも、人を殺した人のことはやっぱり怖い」という感情との葛藤がある。
どうしようもない元殺人犯がいる一方で、同情してしまうような、誤解を恐れず言えば”仕方なく殺人犯になってしまった”元殺人犯もいる。本作は、そうした人たちを十把一絡げに「殺人犯」と読んで差別することの是非を問い続ける。また、それ以前の問題として「この元殺人犯たちの言葉は信用できるのか?」といった疑問も抱かせる。観客はおそらく様々な感情を経験するだろう。
元殺人犯と街の人々との交流は、他の様々な問題に置き換えることもできる。他者とは本質的に理解できないものであるからであり、そのように”理解できない他者”と共に生きるとはどういうことか?というテーマが作品の根底にあるからだ。
「羊の木」とは何なのか
羊は古来、犠牲の象徴として描かれてきた。たとえば旧約聖書などでは、人間の罪を代わりに背負う象徴とされている。そういう意味で、「羊の木」とは、”様々な人間の犠牲のもとでうまれるもの”と解釈することができる。
あるいは、”木(という全体)が育つために、生まれてきたいくつかの実は犠牲となって死に、いくつかの実は生きる”と解釈することもできる。
いずれの場合も”社会”や”世界”そのもののメタファーとして解釈することができる。
そして、映画『羊の木』は、”社会”や”世界”そのものとしての”木”だけでなく、犠牲となるものや死にゆくもの、木を生かすためには害になるため滅ぼさなければならないもの、そうしたすべての人間たちに対して、一面的ではない判断を促すような人物設定がなされている。
松田龍平演じる宮越一郎はそのもっとも最たる例だと言えるだろう。
普通の物語ならばもっとわかりやすい悪として設定したかもしれないが、『羊の木』の悪はもっと多面的で重層的だ。宮越一郎は、無邪気で観客の心を打ち、ある種の純真さをそなえ、内にある悪を罰されたいとすら願っている、一人の苦悶する青年としても描かれているからだ。
つまり本作には、”理解できない他者”としての元犯罪者と、”理解できない自己”としての元犯罪者の両方が描かれているわけだ。
文芸の世界ではしばしば「この作品にはしっかりと人間が描かれている」といった評価の仕方がされるが、映画『羊の木』にも「しっかりと人間が描かれている」という評価がふさわしいだろう。
作品情報
『羊の木』
監督:吉田大八
脚本:香川まさひと
出演:錦戸亮、木村文乃、北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯、松田龍平、ほか。
原作:山上たつひこ、いがらしみきお『羊の木』
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