ファン投票による石崎ひゅーい初のベストアルバム『Huwie Best』
シンガーソングライターの石崎ひゅーいが、自身初となるベストアルバム『Huwie Best』を2018年3月28日にリリース。新曲『ピリオド』や『夜間飛行』『花瓶の花』の弾き語りver.のほか、ファン投票で上位に選ばれた楽曲が収録されている。今回のベストアルバムについてはもちろん、メジャーデビューしてからの約5年半、さらにはこれまでの人生を振り返ってもらい、石崎ひゅーいの原点にある死生観、音楽やファンへの想い、言葉のルーツや家族について語ってもらった。
Photography_Kaori Nishida
Interview & Text_Sotaro Yamada
Edit_Satoru Kanai
石崎ひゅーいBEST ALBUM『Huwie Best』Trailer
石崎ひゅーい、前世はインド人だった説?
――最近、インドに行っていたそうですね。楽しかったですか?
石崎ひゅーい : インドはすごい国でしたね……。楽しいとかじゃないですね、あの国は。修行です。4、5日目にお腹を壊して、ホテルで2日間寝ていました。学生の頃にバックパッカーが流行っていたんですけど、自分は行けなくて。インドはその頃から行きたかった。
同じ夢を何度も見るんですよね。白い花束が川を流れていく夢。これはいったい何の夢なのか?ってずっと不思議でした。あるとき、海外旅行中の友だちが「いまここにいるよ」って写真を送ってきてくれたんです。インドのバラナシという街の写真で、ガンジス川を白い花束が流れていました。それは、自分が見ていた夢とまったく同じだったんです。
――……いきなりすごい話が出てきましたね。
ひゅーい : もしかしたら前世はインド人だったのかも。でも、すぐ日本に帰りたくなりました。面白いけど、3日目からがつらい。まず、カレーが嫌になる。カレーばっかり、というか、すべてがカレー味なんですよ。カレー以外のものが食べたくて、4日目に現地のガイドさんに「ノーカレー! ノースパイス!」って伝えたんです。そしたら「オッケーオッケー」なんて笑顔でお店に連れて行かれて、出てきたのが、思いっきりカレーで。思わず「ディス・イズ・カレー!!」って叫んじゃいました。
――(笑)。
ひゅーい : でも相手は笑顔で「ノーカレー、ノーカレー」って。カレーじゃないらしいんです、味は完全にカレーなんですけどね。結局、滞在中に食べたものはすべてカレーの味がしました。
――インドに行った人はよく「死体が流れるガンジス川を見て、人生を悟った」みたいに言いますけど、ひゅーいさんはどうでしたか?
ひゅーい : なんっっっっにも悟りませんでした(笑)。でも、死は本当に近くにありましたね。インドは死とお祭りが共存しているみたいなんです。お祭りで盛り上がっているところに死体が運ばれてきて、火葬が始まり、焼け焦げた死体から首がボトッと落ちる……。祭りと死が共存しているという考えは僕のなかにもずっとあったものなので、そこはすごく良いと思いました。暗くてじめっとした日本の葬式はあまり好きじゃないんです。
「人の死はそれほど遠いものじゃない」
――ひゅーいさんの歌には、常に死の匂いを感じます。たとえばベストアルバムの最初にある『第三惑星交響曲』は、ご自身の母親の死を曲にしたものでした。そういう死との近さが、インドへの興味につながっているのかなと思ったんです。
石崎ひゅーい『第三惑星交響曲』MV
ひゅーい : 『第三惑星交響曲』の前に、ただただ「母さんが死んで悲しい、さびしい」という何のひねりもない曲をつくったんですね。それを聴いた親父に怒られたんです。あまり怒らない親父だったんですけど、「お前は本当にこんなこと思ってるのか? こんな歌を聴いて母さんが喜ぶと思うか?」って。それでハッとして、一気に書き上げたのが『第三惑星交響曲』でした。死生観を歌に込めるようになったのは、やっぱり母の死がきっかけですね。とくにデビューした頃は、歌の対象はほとんど母親でした。
――ですが、それまで死について一度も考えたことのない人だったら、たとえ大切な人の死を経験したとしても、こういう曲をつくるようにならなかったんじゃないかなとも思うんです。ある程度の蓄積があって、それが何かのきっかけで噴出したときに人は変わるのではないかなと。
ひゅーい : たぶん死を初めて意識したのは、小学校低学年の頃だと思います。俺、その頃、蟻を食ってたんです。
――と、言いますと?
ひゅーい : 蟻を普通に食い物だと思ってたんです。幼稚園の頃から食べてた記憶があります。それで小学校に入ってすぐ、先生に「蟻は食べ物じゃないよ」って言われて。「そうか、蟻は命なんだ」って気付いたんです。生きることや死ぬことを考え始めたのはその頃だと思います。その後ボーイスカウトを始めて、生きた鳥を絞めて血を抜いて食べる経験などをして、より命について考えるようになりました。
――人の死については?
ひゅーい : それほど遠いものじゃないという感覚はありました。小さい頃の思い出には、葬式のイメージが強くあります。ばあちゃん、じいちゃん、おじちゃん……。その頃から、葬式の暗さが嫌だったんですよね。ただ、うちの家族は葬式でも結構笑っていましたね。あまり仰々しくならないようにしようという暗黙の了解がありました。そのせいか、自分の根底には「なんで死をそんな仰々しく扱うんだろう?」っていう疑問があります。インドに惹かれていたのも、そういう部分で引き寄せられていたのかもしれないです。
(次ページ:石崎ひゅーいのこれまでとこれからが見えるベストアルバム)
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