川口則弘 著「芸能人と文学賞」でわかる、文学賞の楽しみ方とは
本書は、芸能人と文学賞をめぐってこれまでに発生してきたさまざまな事例を細かく紹介し、いちファンとしての目線から適宜解釈やツッコミなどを入れて語った「文学賞本」だ。文学賞の内容や小説の評価ではなく、これまでどんな芸能人小説があり、芸能人が文学賞を受賞した時に世間がどう反応したかについてが面白おかしく書かれている。
著者は、「直木賞オタク」を自称し、『直木賞物語』などの著作がある川口則弘氏。
直木賞好きが高じて直木賞に関する資料を集めはじめ、ウェブサイト『直木賞のすべて』や『芥川賞のすべて・のようなもの』をオープンすると、これが話題に。芥川賞や直木賞を主宰する日本文学振興会のウェブサイトよりも詳しい情報が載っており、文学ファンにとってはテッパンの情報源となっている。
文学賞の楽しみとは何だろうか?
著者によると、「当事者でもない人たちが、賞の選考や結果などをもとに、小説の感想からそうでない下世話な話まで、好き勝手にものを言う」ことだそうだ。
そしてその楽しみ方が最大限に発揮されるのが、芸能人が文学賞を受賞あるいは候補になった時である。
〈文豪アイドル〉芥川から〈文藝芸人〉又吉へ
ここ数年における芸能人と文学賞といえば、やはり又吉直樹の芥川賞受賞だろう。
とは言えこれも2015年のことで、2年半が経った現在となっては又吉直樹の小説『火花』を「タレント小説」という括りで見る人はほぼいないと思うし、そういう人はたぶん『火花』をまともに読んでおらず、彼の二作目にあたる『劇場』という素晴らしい小説ももちろん読んでいないのだろう。
それはそれとして、「お笑い芸人が芥川賞!」とかなり話題になった又吉直樹。しかし過去を遡れば、文学や文学賞というのはこれまでも芸能人に支えられてきた面が少なからずあったのだった、ということを本書は教えてくれる。
そもそも近代小説が生まれた直後から、一部の作家は芸能人的な扱いをされていたらしい。
たとえば芥川龍之介は、そのハンサムな顔や知性などが人気で、ブロマイドが売られたり、そのブロマイドが女子学生の机の上に飾られたりするくらい、アイドル的な存在としてあがめられていたのだとか。芥川龍之介は35歳で自殺しているが、当時はファンによる後追い自殺が相次いだということも、いかに芥川龍之介が憧れの存在だったかがうかがえる。太宰治が芥川賞を欲しがった理由も、芥川龍之介に憧れていたからだという説がある。
また、芥川賞の名前を世間に浸透させた作家として、石原慎太郎の存在も重要だった。
1956年、当時大学生だった石原慎太郎が作家デビューと同時に芥川賞を受賞し、文学者に似つかわしくないスポーツマン然とした男前な風貌と歯に衣着せぬ発言、その暮らしぶりなどが当時の若者から支持を得て、石原慎太郎の髪型をマネした「慎太郎カット」も流行し、女の子たちからキャーキャー言われていた。なんていう話を聞くと、彼もやはり当時はアイドル的な扱いをされていたということが想像できる。
(今では石原慎太郎が小説家として世間に認知されていたことなんて知らない人がほとんどかもしれないが、石原慎太郎の小説、結構面白いです。いや、ものによってはかなり面白い。三島由紀夫なんかもすごく評価していた)。
このように、日本では作家を芸能人扱いする傾向にあるようで、芸能界と文学界というのはそれなりに距離が近い。逆に、又吉直樹のように芸能界から文学界入りする有名人も多く、野坂昭如、落合恵子、町田康など、そのキャリアにおいて作家としての活動の方が大きなウェイトを占めると思われる芸能人・元芸能人もたくさんいる。
芸能人扱いされる作家と作家になりたい芸能人。両者が互いに話題を提供し、文学・文学賞の世界を盛り上げてきたというわけだ。
意外な芸能人作家
本書を読むと、すべての芸能人はキャリアのあるタイミングに差し掛かったら絶対に小説を書かなければならない、とでもいった芸能界の裏ルールがあるのかと疑ってしまうほど、これまでにたくさんの芸能人が小説を書いてきたことがわかる。「えっ、この人も書いてたの?」と思わず口に出してしまいそうなほど意外な人もいる。
阿久悠、山下洋輔、松本伊代、うつみ宮土理、野村沙知代、そのまんま東、西川のりお。それから、有名だけれど、黒柳徹子、さだまさし。辻仁成や大槻ケンヂ、いとうせいこう、阿川佐和子もそうだし、最近だと、太田光に水嶋ヒロ、押切もえ、そしてエッセイや書評で評価の高い小泉今日子、などなど……。
これらの人たちの中には、以降まったく小説を書かなくなってしまった人もいるが、いずれにしろ芸能人と文学との関わりはかなり深いということがわかる。
ということは、又吉直樹が小説を書き、それが認められたことは、そんなに驚くべきことではないのかもしれない。むしろ芸能界の歴史に脈々と受け継がれてきた伝統のようなものだと解釈することもできるだろう。
ちなみに、9月22日にはビートたけしが初の恋愛小説を刊行し、こちらも注目。新潮社のウェブサイトには又吉直樹とビートたけしの対談が掲載されている。
文学を外にひらけ
『芸能人と文学賞』は、こうした膨大な資料をまとめて一冊の本にしたものなので、資料としての価値が高い上、著者の軽いボケと適宜挟まれるノリツッコミのおかげで楽しく軽い気持ちで読めるのも特徴だ。この絶妙な軽さのおかげで、単なるデータの羅列でもなく、眉間に皺寄せて読む研究書でもなく、誰にでも開かれた程良いゴシップ感がある。
個人的には、文学が外に開かれることは非常に大切だと思うので、芸能人小説と文学賞はもっと結びついてほしいなと思う。そしてこうした(一見フマジメに見えるような)本が出版されることは良いことだと思う。
文学とは、世俗から隔離された書斎の中でのみ生まれるものではなく、むしろ人々の生活の中で生まれるものなのだから、本書のように、もっと一般の生活者の目線で文学を語ることが必要だと思う。
マジメで堅苦しい響きを持った「文学」や「文学賞」という言葉。しかしそんなにかしこまってばかり考える必要はない。もっとラフにカジュアルに、時にはゴシップとして、時には娯楽として楽しもうとすれば、ひょっとすると文学賞は、あらゆる「賞」の中でもっとも面白いものかもしれない。文学をめぐる世間の話題をもっと楽しむために、おすすめな一冊。
……ところで、本文では一切触れられていないのに帯に担ぎ出されてしまった「次は、星野源だろ(笑)」という一節には笑いました。星野源ねえ……。受賞会見で「恋ダンス」やってくれたら盛り上がるだろうなあ。ついでにガッキーも駆けつけたりしてね。
(星野源『恋』MV)
余談ですが、本書のはじめの方のページにミーティアで掲載した尾崎世界観『祐介』のレビューが引用されています……。
クリープハイプファン、尾崎世界観ファンも、本書をチェックすべし!!!
書籍情報
芸能人と文学賞 〈文豪アイドル〉芥川から〈文藝芸人〉又吉へ
なぜ又吉直樹は芥川賞をとったのか
なぜ小泉今日子は講談社エッセイ賞を受賞したのか
なぜビートたけしも太田光も「ネタ」として「直木賞」を狙っていると言うのか
1925年、芥川龍之介の1枚の写真が「作家=芸能人」と「文学賞」の歴史を宿命づけた
来年の芥川賞・直木賞は加藤ミリヤ、尾崎世界観、紗倉まな、あるいは星野源がとってもおかしくない!
文学賞80有余年「約束された」秘密の物語が今、ここに!
(Amazonより抜粋)
Text_Sotaro Yamada
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