伝説の写真家ソール・ライターの展覧会、開催中――神秘は日常にある。
ニューヨークが生んだ伝説の写真家ソール・ライターの回顧展「永遠のソール・ライター」が、2020年1月9日から3月8日まで、渋谷で開催中だ。
(展覧会紹介動画)
最初に白状しておきたい。筆者は決して写真に詳しいわけではないし、実はつい先日まで、ソール・ライターという名前さえ聞いたことがなかった。だが、そういう人にこそ、彼の展覧会に行ってほしい。そう思い、この記事を書くことにした。素人にも十分彼の魅力は伝わる。いや、ひょっとすると、素人のほうが新鮮な驚きを味わえるかもしれない。写真とは、世界とは、こんなにも不思議に充ち満ちているのか、と。
本記事では、ソール・ライターについて簡単に紹介した後、「浮世絵」と「日常の神秘」という2つの観点から、彼の写真の魅力に迫ってみたい。
カラー写真のパイオニア:ソール・ライター
ソール・ライター(1923-2013)は、1950年代にニューヨークでファッション・カメラマンとしてキャリアをスタートさせた。
しかし、1980年代に商業写真から退き、長いこと世間から姿を消していた。再び脚光を浴びたのは、2006年である。
以降、彼は「カラー写真のパイオニア」として再評価され、展覧会の開催や写真集の出版が相次いだ。2012年には、ドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』が公開され(日本公開は2015年)、2017年には、日本で初となる回顧展が開催された。今回の展覧会は、本邦2度目となる。
北斎か広重か:浮世絵
(「無題」出典:公式HP)
手前に映るのは面格子だろうか、その隙間から、ニューヨークのストリートが覗く。
ソール・ライターの写真は、しばしば大胆な構図で際立っている。だが一方で、どこか懐かしさも感じられる。その理由の一つは、世界から被写体を切りとる彼の手つきが、日本の絵師のそれを想起させるからではないだろうか。絵師とは、葛飾北斎である。
北斎の有名な富士の絵は、主題の富士を遠景に小さく捉え、前景には大波を配した、ダイナミックな構図で知られる。ソール・ライターの写真も、しばしば同様の趣向を凝らす。
(「帽子」出典:公式HP)
上の写真では、一面がひどい結露でくもったガラス越しに、帽子をかぶった人物が佇んでいる。タイトルは「帽子」。だが、肝心の帽子は水に滲んで形も判然としない。かぶっているのは男だろうか。表情は窺えない。
ソール・ライターの写真には、奥行きがある。前景と遠景、現実空間に複数の層を仮構し、前景を透かして遠景を見せる立体的な構図が、その奥行きを作りだしている。そして、この奥行きの作り方こそが、北斎のあの富士の絵を想起させるのだ。あるいは、前景いっぱいの大雨が橋を渡る人たちに降りかかる、歌川広重の絵を思い浮かべてもいい。
いずれにせよ、ソール・ライターは、日本の浮世絵に見られる手法を我が物としているのである。
神秘的なことは馴染み深い場所で起きる:日常の神秘
ソール・ライターの写真は、不思議と驚きに満ちている。脇に停まっている車の鏡面に、ニューヨークが映しだされる、その一瞬。影が不思議な模様を描く、その一瞬。人と物が思いがけない交錯を果たす、その一瞬。こういう偶然の一瞬一瞬を、ソール・ライターは慈しむように捉える。彼は語る。
神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ。
(映像コンテンツ「スライド・プロジェクション」)
神秘は日常にこそある。
ありふれた車に、仕事の現場に、女の顔に、男の姿勢に、神秘は訪れる。ソール・ライターは優れたシュルレアリストのように、この現実の薄皮を一枚ぺラリとめくり、別の現実のありようを垣間見せてくれる。
ソール・ライターのように世界を見たい、と人は言うかもしれない。だが、思うに、彼だけが特別な眼をもっているわけではない。普段私たちが見慣れているはずの景色は、そのときの季節、天候、時刻によって、いかようにも変わる。大事なのは、それを慈しもうとするかどうか。それをかけがえのない一瞬として、まるで新雪にはしゃぐ子どものように、驚きと喜びをもって迎えようとするかどうか。その意志ではないだろうか。
ソール・ライターのように世界を見たい? 結構。だが、こう言うほうが正確なはずだ。ソール・ライターのように世界を慈しみたい、と。
関連情報
ニューヨークが生んだ伝説の写真家「永遠のソール・ライター」公式HP
ドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』
[2/7(金)~2/20(木)]
17:05~ / 19:05~ (79分)
[2/21(金)~2/27(木)]
10:50 / 17:05 / 19:05~(終)20:40
[2/28(金)~3/5(木)]
17:20~(終)18:55
会場:Bunkamura ル・シネマ
料金:1,300円均一/ザ・ミュージアム「永遠のソール・ライター」展半券提示で1,100円(税込)
※特別興行につき各種割引、サービスデーは対象外
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