何年も前の何気ない日常を、たまに思い出すことがある。
そのとき見ていた景色、気温、匂いまでもが鮮明に蘇る。
きっかけは、いつも音楽。
あのとき聴いていた音楽で、もう一度あの頃へ帰ることができる。
肌寒かった帰り道とか、バスの心地よい揺れとか、誰かに会う前のドキドキ感とか。
吐いた息が白かったとか、橙色の金木犀が綺麗だったこととか、そんなに重要じゃなかったはずの記憶まで生々しく思い出されたりして。
10年前、高校生だった私はよく、メレンゲの「すみか」という曲を聴いていた。
あなたのことが好きで そう言える僕が好きで
その手のぬくもりが ここにいる理由になっていく
たどり着いた答えに 拍手はされなくていい
いつもイメージは 川沿いにあるすみか
この曲を聴きながら、ふらりと当てもなく外を歩くのが好きだった。
当時住んでいた場所は、都会と言うには静かすぎるし、田舎と言うには建物が多すぎた。並木道を歩いて行くと商店街があって、そのまま20分ほどまっすぐ歩いて行くと、小さい川にたどり着く。
いつも何となくそこをゴールだと認識していて、水が流れていくのをしばらくぼうっと眺めては、引き返していた。
「ただ歩くだけでは耳が寂しい」という理由で音楽を聴くことにしたのだけれど、あれもこれもと色んな曲を聴くのは、情報量が多くて疲れてしまう。
そこで、1曲だけをリピート再生して、同じ曲を聴き続けることにした。
それが「すみか」だった。
お気に入りのルートを、好きな曲を聴きながら、肌触りのいい気温のときに歩く。
そうすると頭の中がすっきりして、「必要最低限の好きなもの」だけで五感を満たすことができた。
私にとって、それが特別な時間だった。
「すみか」を聴くと、今でもあのときのことを鮮明に思い出す。
さながらタイムマシンに乗っているかのように、過去に戻ることができる。
いつまでもあの頃のままではいられないけれど、音楽さえあれば、いつでもあの頃に帰ることができるのだ。
今この瞬間も、いつかまた思い出すときがきっと来る。
そんなことを考えながら、今日も音楽を聴いている。
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