セーラー服の歌人・鳥居
鳥居(とりい)という歌人をご存知だろうか?
2016年、初めての詩集『キリンの子』を出版すると、歌集として異例のヒットを記録。その半生を追ったノンフィクション『セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』も話題に。2017年には「短歌の芥川賞」といわれる現代歌人協会賞を受賞し、いまいちばん注目されている歌人だ。
とはいえ、ミーティアはべつに文学に特化したメディアではないので、いまこれを読んでいる人のなかには「歌人ってなに?」「あー短歌? 昔学校でちょっと習ったかな」「鳥居って、名字?」な人もいるかもしれない。
そんな人にこそ、鳥居の短歌を知ってもらいたい。彼女(そう、鳥居さんは女性)の短歌を知ると、ある人は短歌がとても身近でポップなものに感じられるだろうし、ある人は心を突き刺されるような衝撃を受けるだろう。
ちなみに、歌人とは和歌や短歌をよむ人のこと。短歌は、5・7・5・7・7の5句で形成される和歌。それだけ頭に入れて、まずは鳥居の短歌をよんでみましょう。筆者が独断と偏見で選んだ、鳥居の代表的な作品をどうぞ!
あおぞらが、妙に、乾いて、紫陽花が、路に、あざやか なんで死んだの(『なんで死んだの』より)
理由なく殴られている理由なくトイレの床は硬く冷たい(『孤児院』より)
次々と友達狂う 給食の煮物おいしいDVシェルター(『DVシェルター』より)
友達の破片が線路に落ちていて私とおなじ紺の制服(『紺の制服』より)
思い出の家壊される夏の日は時間が止まり何も聞こえぬ(『家はくずれた』より)
冷房をいちばん強くかけ母の体はすでに死体へ移る(『曲がり角』より)
病室は豆腐のような静けさで割れない窓が一つだけある(『海のブーツ』より)
これからも生きる予定のある人が三か月後の定期券買う(『風下のラジオ』より)
鳥居とは
どうですか。「どうぞ!」なんて明るく紹介したけど、鳥居の短歌が持つ凄まじい何かに圧倒されたのでは?
2歳のときに両親が離婚。母や友人の自殺を目の前で目撃。養護施設での虐待。ホームレス生活。義務教育をきちんと受けられず、文字は拾った新聞で覚えた……などなど、壮絶な背景を持つ歌人、鳥居。
「鳥居」というのはペンネーム。本名と年齢は非公開で、その理由は「性別や年齢の枠を越え、生と死、現実と異次元などの境界さえも越えて歌を届けたい」という思いから(岩岡千景『セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』より)。
Twitterのアカウントもあります。
はじめましての方、はじめまして。
鳥居と申します。興味を持っていただいた上に
わざわざ 検索して、
ツイッターまで 辿りついてくれて、
本当に ありがとうございます。おひとり おひとりの コメントは、
あとで ゆっくり 拝読させていただきます。よろしくお願いします。
— セーラー服の歌人《 鳥居 》キリンの子 (@torii0515) 2017年9月25日
ブログはこちら。
それにしても、なぜセーラー服なのか?
もちろん理由がある。鳥居のセーラー服には「義務教育をきちんと学びなおしたい、けれど学びたくても学べない境遇の人がいることを知ってほしい」との願いが込められている(『「施設の新聞で字を覚えた少女」が絞り出す歌 セーラー服の歌人・鳥居に共感が集まる理由』東洋経済ONLINEより)。
鳥居の魅力
では、鳥居の短歌の魅力は何だろうか。ざっくりと、3つに絞って紹介したい。
1. シンプルで本質的な言葉
まずは言葉のシンプルさ。
「短歌」と聞くだけで堅苦しさを感じて身構えてしまう筆者にとっても、鳥居の言葉は非常に読みやすく感じる。知識がなくとも読める。意味がわかる。普段使いの現代語で書かれていて、短歌に対するハードルを下げてくれる。
「これからも 生きる予定の ある人が 三か月後の 定期券買う」
この一首には、難しい言葉がひとつもない。誰にでもわかる言葉で5・7・5・7・7。
その上で、書いてある内容に納得させられる。三か月後の定期券を買うということは、三か月間はそれを使うことが前提だ。ということは、少なくともその三か月くらいは死ぬ予定がないということだ。
個人的な話をすると、筆者は定期ではなくSuicaに1万円ずつチャージして使っているのだが、この「交通系ICカードに1万円チャージする」という行為は、明日が当然やってくるものだと想定しているからこそできる行為なのだ。ドキッとする。鳥居の短歌を読むと、生きていることがまるで当然だとでもいうような態度で過ごしていたことに気付かされる。
2. 描写力
次に、たった31音のなかに詰め込まれた正確な描写力。
「冷房を いちばん強く かけ母の 体はすでに 死体へ移る」
鳥居の描写について、歌人の吉川宏志が、詩集『キリンの子』の解説で詳しく述べている。
(……)鳥居は<悲しい>などの感情をストレートに訴えたりはしない。むしろ、無感情なまま死に向かいあっている自己を、淡々と見つめている。(p153)
「母の体はすでに死体へ移る」という表現に私は慄然とするが、<死は物質化することなのだ>という冷徹な認識が、彼女の歌には一貫して表れている。(p154-155)
自分の存在を、映像として捉えることにより、鳥居は精神の危機に耐えてきたのではないか。(p155)
上の解説がほとんど説明しているのでとくに付け足すべきことはないが、自分が見たことをまるで無機質なカメラで捉えているかのような鳥居の視線と描写は、歌に底知れぬ冷たさと悲しさと不気味さを与える。
「樹を見たことがある人はたくさんいらっしゃると思いますが、本当に樹の絵を描ける人は限られます(『ユリイカ 2016年8月号 あたらしい短歌、ここにあります』)」という鳥居の言葉に象徴的なように、現実を正確に描写することは難しい。当たり前のことだが、見たものをそのまま書こうとしても、「そのまま」伝わりはしない。
3. 書き手の背景を想像させる歌
世の中には、「作品はそれ自体独立したものなので、書き手と作品は別モノ」という考え方がある。また、匿名性を極限まで敷衍させることによって、逆に一般性を獲得する作品もある(たとえば最果タヒの詩など)。
一方で、作品に作者の顔が色濃く刻まれた作品がある。「どんな人が書いたんだろう?」と、書き手の人間性に興味が惹きつけられる作品がある。鳥居の作品は明らかにこれにあたる。
前述したように、鳥居の生い立ちや経験は異様で壮絶だ。しかし、読者はそうした鳥居の境遇に同情するわけではない。それらの”不幸”とどう向き合い、どう折り合いをつけて生きのびてきたか、その生き様に感動するのだ。
(”不幸”という言葉は、もしかしたら鳥居本人にとっては不本意かもしれないし、彼女の境遇にふさわしくないかもしれないが、筆者のようにぬくぬくと育ってきた人間からすると、これ以外に言葉が見当たらない)
死にたくなったら短歌して。生きづらいなら、短歌をよもう。
鳥居の短歌が切実なのは、彼女が明確に「自分を救うため」に書いているからだ。それはきわめて個人的な闘いだと言える。そして、誰かを救える言葉があるとするならば、それはもっとも個人的な言葉で書かれたものなのではないか。
鳥居はこう語る。
言葉や音楽には、人を死なせるほどの力があるーーでも私は、言葉で人を死なせるのではなく、生かしたい。そのためには、1回、死の淵へ行って、そこからもどってこないといけない。それで初めて、本当に人を生かす言葉がつむげるのではないかーー
(岩岡千景『セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語』より)
「生きづらいなら、短歌をよもう」。そうしたコンセプトのもと、短歌をより多くの人に楽しんでもらうため、セクシャルマイノリティの人向けに「虹色短歌会」、生きづらい人向けに「生きづら短歌会」といった読書会も開催している。
特異な生い立ちや凄惨な過去を持ったこの作家は、短歌を通じて社会と接続することを目指しているのだ。
短歌は現代向き?
ところで、1600年以上もの歴史を持つ短歌が、なぜいま注目を集めているのか?
色々な理由が考えられるだろうが、ひとつには、SNSを中心としたコミュニケーションのあり方に関係しているように思う。
LINEに代表されるように、コミュニケーションに費やす文字数が年々短くなっていること。31文字で表現できる短歌という形式が、TwitterやInstagramと相性が良いこと。さらに、Instagramストーリー機能などの動画メディアが近年は力を持ってきているなか、短歌なら動画の上にかぶせることもできること。
つまり、短くてシェアしやすいことが、現代のコミュニケーションにおいては重要だと言える。そうした社会と短歌は、実は非常に相性が良いのではないか。
「短歌って、なんか難しそう」
そんな人にこそ、鳥居の短歌はおすすめだ。
詩集のタイトルにもなった鳥居のいちばん有名な短歌を記して、記事を終わりにする。これを読んでみなさんはどんな光景を思い浮かべるだろうか?
ぜひ、感想などをSNSでシェアしてみては。
目を伏せて空へのびゆくキリンの子 月の光はかあさんのいろ(『キリンの子』より)
書籍情報
キリンの子 鳥居歌集
作者:鳥居
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セーラー服の歌人 鳥居 拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語
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ユリイカ 2016年8月号 特集=あたらしい短歌、ここにあります
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Text_Sotaro Yamada
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