キリンジ・MISIA・中島美嘉・平井堅……、そうそうたる面々のプロデュースを手がけてきた冨田恵一。その類まれなポップセンスに根ざした曲のメディアへの親和性は高く、冨田ラボ・冨田恵一の名を意識しなくても、耳にいつの間にか親しんでしまっている人も多いことだろう。
昨年11月、気鋭のボーカリスト8名をゲストに招いたNew Album『SUPERFINE』をリリースし、3ヵ月のインターバルをはさんだ今回のレコ発イベント。2月21日に開催された3年ぶりのワンマンには、出版不況・音楽不況と言われている今現在、決して安くはないチケット代にもかかわらず、あふれかえるほどの聴衆が集まった。
住みたい街・オシャレタウン恵比寿で行われた「ポップの鬼」の冬の終わりの熱い一夜、その模様をお届けします!
Text_Keito Yano
Edit_Sotaro Yamada
Photo_Tasuku Amada
(冨田ラボ『SUPERFINE』トレーラー)
冨田ラボ『isai Beat presents 冨田ラボ LIVE 2017』@恵比寿LIQIUD ROOM
はっきり言ってすごい楽しかった。すごい楽しかった!
音楽を言葉で表すの?野暮じゃないですか?とも言ってられないのがつらいところ。
まず驚いたのが人の入り。ほぼ開場の時間通り着いたのに、ロビーは動くスキもないくらいの大入り状態。しかも7割以上が耳が肥えていそうなナイスミドルのおじさまたち。メガネ率も高い。なんだか知的水準が高そう。しかしこれだけ人がいると、人員整理のスタッフも一苦労だ。客席に移動したら、案の定ドリンクを交換にも行けないくらいの超満員。
そんななか、冨田恵一がステージに登場する。白いトレーナーにサラサラヘア。間違いなく待ちに待った冨田ラボその人である。ステージ左側はキーボードやらパソコンやらサンプラーやらで要塞のようになっていて、その中心にどっかと腰を下ろす。そして他のメンバーが出揃うやいないや、一言のMCもなくいきなり演奏が始まる。
激しい打ち込みのドラム音、センセーショナルなキーボード演奏、ビビッドな照明がステージを染め……
ん? あれ! 思ったのと違う!
CDで親しんできたあのポップで耳障りの良い冨田ラボの音楽とは打って変わって、ノイジーで体の芯を揺さぶられるような体験。
なんだろう、ミスチル見に来たのに出てきたのボアダムスだったみたいな、普段は小言も言わない父ちゃんの仕事に厳しい一面を見ちゃった感じ。
でも……でもなんかすげーかっこいい!! これだけで2時間やってほしい!!
独奏の途中からバンドが加わり、コーラスの男女混声が盛り上げる。独奏のストイックな雰囲気から一転、丸みと広がりが増す。
すごい。なんか豊かな体験だ。すごく大人な夜じゃないか!?
今回ゲストシンガーたちがとにかくすごい!
安部勇磨from never young beach!
髙城晶平from cero!
月9主演も果たした藤原さくら!
声優として名高いマルチな才能・坂本真綾!
などなどなど、このメンツだけで相当集客を見込めそうなメンツが冨田恵一のために集まった。
押しも押されぬ勢いの若手・中堅のシンガーたちが1曲だけ(2曲の人もいたけど)歌っては引っ込むという異常事態。冨田ラボワンマン以外ではありえないんじゃなかろうか!
インストの1曲目が終わり、最初のシンガー、AKIOが登場する。『笑ってリグレット』を披露。
次世代ポップユニットSugar’s CampaignでゲストシンガーをつとめるAKIOは、冨田ラボにあっても、持ち前のはしゃいだようなチャーミングな仕草と、裏腹に色っぽい歌声で非常に魅力的だった。『笑ってリグレット』の作詞もSugar’s CampaignのAvec Avecが担当している。
(Sugar’s Campaign『ホリデイ』MV。オシャレなシャツを着ているヴォーカルがAKIO)
うーん、めちゃくちゃスター性がある! さすがゲストのトップバッターに選ばれただけの事はある。
こういう良い意味でのナルシシズムってそれだけで図抜けた才能だよなーと、普段引きこもって冷え性と戦いながらパソコンに向かう筆者は羨ましく思ってしまう。
あっという間に2曲目は終わり、3曲目の安部勇磨が登場する。
never young beach、今最注目株なんじゃなかろうか。
あのしゃがれ声にも似た独特の歌声は、独特すぎてゲストとしてうまく機能するのか、と誰目線なのかわからない心配もしていたが、そこはさすが冨田ラボ。誰が歌っても徹底的に冨田ラボだった。
再びインスト曲。一曲目とは打って変わってオーガニックでやさしい雰囲気。この人、奥深い。
続いて真っ赤なドレスで登場したのは藤原さくら。『Bite My Nails』をしっとりと歌い上げる。若干21歳にしてこの落ち着き、歌声の色っぽさ。
しかしこうしてライブに来てみると、CDを聞いていたときには意識しなかった本人性、「冨田ラボ」感を強烈に認識させられる。
ゲストが矢継ぎ早に登場して本人は演奏に徹底するこの形式では、どうやっても裏方になるんじゃないかと思っていた。しかしいざ見てみると、どこを切っても冨田ラボ、濃厚に冨田ラボなのだ。むしろ他人を経由している事によってふくよかさが出て、本人の意向がより全面に出てくる感じがする。コーラスの男女混声がかなり良い具合に曲の深みと広がりをもたせ、冨田ラボを下支えしている。
うーん、すばらしい!
ライブは早くも中盤。坂本真綾が登壇。そしてここで初めてのMCが入る。
冨田が坂本に「僕の第一印象は?」と尋ねる一場面があり、「怖い方かと思っていました」と正直な感想を述べる坂本。出てきてから今までの30分近く、無言でひたすら演奏を繰り広げていたのだ。坂本の正直な感想に多くの聴衆がうなずいたはずだ。
「MC苦手なんですよ」と笑う冨田。ここまでノンストップで駆け抜けたが、場内は一転和やかなムードになる。坂本の「厳しい方だと思っていて……、もちろん楽曲に対して厳しいんですけど。……そこが好きです!」の一言に、多くの聴衆が嫉妬したはずだ。
はっきり言って筆者は嫉妬した。激しく嫉妬した!!
坂本真綾は、完結しないことでおなじみの『新劇場版ヱヴァンゲリヲン破』(2作目)以降の新ヒロイン真希波マリや、『化物語』の忍野忍など、数え切れないほどのアニメのメイン役で声優としての印象が強い。しかし並行するかたちでシンガーとしても活動を続け、マクロスFの主題歌『トライアングラー』ではオリコン3位に入り、2011年のアルバム『You can’t catch me』は首位を獲得するなど歌手としても目覚ましい実績を残している。楽曲によっては作詞・作曲まで手がけることもあるというマルチな才能。しかも超せつなくて良い内容なんだ!
とにかく、人気声優としてしか認識してない人はちょっと損してますよと言いたい!
坂本は『エイプリルフール』~『荒川小景』をメドレーで歌い上げる。新譜『SUPERFINE』に収録された『荒川小景』はKIRINJIの掘込高樹が作詞をしている。どこにでもありそうな詞の世界観はKIRINJIのようであり、普段の坂本真綾のようでもあり、それが冨田ラボの楽曲と絡み合って、見事に知らない景色を見せてくれる楽曲に仕上がっている。
次に登場したのは髙城晶平from cero!
初の全国流通盤を出した頃から結構騒がれていたけど、去年SPACE SHOWERでBEST ALTERNATIVE ARTISTに選出されるなどバンドとして脂がのりきっている時期。バンドの楽曲が素晴らしいのは言うまでもないが、髙城本人の歌声の魅力も、今回再認識させられた。髙城が作詞した『ふたりは空気の底に』は普段のceroとはまた違った浮遊感のある楽曲だった。
続いて城戸あき子from CICADA。
スリットの入った黒いドレスを着た大人びた風貌だが、歌声は可愛らしかった。今更ながら、出る人出る人当たり前のようにうまい。
早くも最後のシンガーbirdになってしまった。楽しい時間は経つのが早い。
birdは今回のライブのゲストの中で唯一新譜『SUPERFINE』に参加していないが、冨田ラボとしての初のCD『Shipbuilding』に参加。いわば古女房。坂本に続き2度めの長いMCで気の置けない仲であることを感じさせた。
「楽曲のテイストは色々変遷したけど、根本は変わっていない」と冨田。
それから一昨年2人で作り上げたbird10枚目のアルバム『Lush』の話に。
(bird『Lush』。この曲が冨田から送られて来た時、bird自身、鳥肌が立ってしまったという)
birdはアルバム『Lush』から『タイドグラフ』と、アルバム『Shipbuilding』から『道』を披露。キャリアの長さと冨田との長年の信頼関係を思わせる息の合った圧巻の歌いぶり。
アンコールに再登場した冨田は「だいぶ昔の曲をやります」と一言。
城戸あき子が再登場し、『しあわせのBlue』を歌い上げる。
いやーほんとに素晴らしいライブだった、短かったようにも長かったようにも感じる、とにかく濃密な時間だったなあ、と城戸の声に聞き入りながらしみじみ一夜を回想していると、アンコール2曲目にAKIOが再登場。ハイテンションと軽快なMCで会場の帰り支度ムードを一気にぶち壊す。
「君だけこれから始まるみたいだね」と冨田も苦笑。
しかし演奏が始まるとその歌声はやはり圧巻。
名曲『眠りの森』がラストナンバーとなったわけだが、ハナレグミのおなじみのバージョンとはまた違った、AKIOのチャーミングさが全面にでた内容となった。
しかしこのAKIOという人物、確実に冨田から愛されている。何しろ歌もの1曲めと大トリを任されているのだ。確かに見た目や動きのポップさと妙なカリスマ性を持ち合わせている。
……この人、売れる!
……なんてつらつら書いてしまったけど、要はすげー楽しかったんです。
音楽って良いなーって改めて思わされた。
冨田恵一の楽曲も演奏も素晴らしいし、ゲストシンガーもみんな良かった。
そして縁の下の支え役、バンド・コーラス部隊がまさにプロの仕事で本当に素晴らしかった。「全員がプロ」の上質な時間だった。
これを体験するためにならこれだけ超満員の観客が集まるのも納得である。
しかし家庭も仕事も仕事もあるだろう大人が、平日の夜に音楽に肩を揺らしているんだ。なにかこみ上げてくるものがある。
筆者の前に立った50絡みのおじさま3人組は開演を待つ間、学生みたいに無邪気に笑っていた。
いいじゃない、たまにはこんな贅沢も。
そう思わせてくれる大人の時間、冬の終わりの素敵な一夜だった。
ありがとう冨田ラボ!
ありがとうポップマエストロ!
冨田ラボ LIVE 2017@恵比寿LIQUIDROOM 2017.2.21 (Tue)
最後に撮った集合写真です(撮影:天田輔)。
みなさんありがとうございました! pic.twitter.com/QOfTpHZ2QD— 冨田ラボ (@tomitakeiichi) 2017年2月25日
冨田ラボ『isai Beat presents 冨田ラボ LIVE 2017』@恵比寿LIQIUD ROOM セットリスト
M01. Inst_1
M02. 笑ってリグレット / AKIO
M03. 雪の街 / 安部勇磨(never young beach)
M04. Inst_2
M05. Bite My Nails / 藤原さくら
M06. エイプリルフール / 坂本真綾
M07. 荒川小景 / 坂本真綾
M08. ふたりは空気の底に /髙城晶平(cero)
M09. 鼓動 / 城戸あき子(CICADA)
M10. タイドグラフ/ bird
M11. 道 / bird
EC1. しあわせのBlue / 城戸あき子(CICADA)
EC2. 眠りの森 / AKIO
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