片岡義男『ブックストアで待ちあわせ』
〜80年代のシティ・ボーイ、そしてシティ・ポップ〜
僕は駒沢公園の近くで本屋をやっているのですが、時々お客さんから、「おすすめの本ありますか?」とか「何か一冊選んでください」などとリクエストされる事があります。そんな時は、その人が好きな本や作家を聞いたり、自身の事を尋ねたり、その人の現状なんかを聞いたりして、本を選びます。そんな愉快なやり取りのなかで、「普段、本を読まないんですけど、何から読んだらいいですかね」といった、本を読むことに馴染みのない人からも依頼されることがあります。そんな時は好きな音楽や映画を聞いたりしてその人の側面からヒントを探るのですが、最終的にお勧めする本のジャンルとしてブックガイドを提案することしばしです。
ブックガイドとは、著者が思い入れのある本について書いたり、あるジャンルに絞って知識を深めるために関連本を紹介したりと、様々な本との出会いを提案してくれます。つまり本について書かれた本。レコードやCDで言うところのディスクガイドと同じ役割ですね。
そして今回こちらで紹介する本は片岡義男さんの『ブックストアで待ちあわせ』。80年代に雑誌ポパイで連載されていたものを書籍化したものです。 例えばボーイ・スカウトの楽しみ方、サーフィン・サウンドについての本、ブローティガンの短編集、エドワード・ホッパーの画集、アメリカの広告看板や道路標示の見方など、アメリカが今より少し遠かった時代に、アート、カルチャー、ファッション、ありとあらゆるジャンルの「アメリカ」な本たちを、当時の(おそらく)外国とか洋書とかに憧れを抱いていたシティ・ボーイたちに伝えていました。それらは不思議なことに今読んでも色褪せることなく、むしろ時間をかけて熟成すらしていて、更に昨今の80’sカルチャー回帰がこの本をよりいっそう楽しめる要素ともなるのではないでしょうか。
このようなブックガイドの面白さは、著者のキャラクターを知っていることで、面白さや興味は倍増し、ひとつひとつの本が魅力的に思えてくることでしょう。いわゆるその人の”お墨付き”になるわけです。そうやって片岡さんのようなナビゲーターを見つけて、その人を通して脈々と興味を拡げ、そうこうしているうちに感化され、能動的にみずから興味の幅を拡げていくと、気がついたら貴方自身がブッキッシュ(本好き・書物に凝る人々)になってるかもしれません。
最近の類似本としては、数多くのマガジンハウスの雑誌の編集に携わった岡本仁さんの『果てしのない本の話』や、中目黒の「COW BOOKS」の店主であり、元『暮らしの手帖』の編集長で現在はクックパッドの運営する「くらしのきほん」で様々な発信を続けている松浦弥太郎さんの『ぼくのいい本、こういう本』なども、この本に興味のある方なら楽しめると思います。
これは個人的な意見なのですが、良き本に出会うことは良き友人と出会ったことと等しいと思っています。そして良きブックガイドに出会うということは、良き先輩、メンターに出会ったといっても過言ではないかと。それは、ナイスな古着屋や、イケてるレコード屋を見つけ、そこの店主と仲良くなって、いろんな話を聞いて影響を受ける。そうやって少しずつ自分の世界を拡げていくきっかけとなる。それに近い体験を、読書を通して得られるのではないでしょうか。
話は変わって、この『ブックストアで待ちあわせ』の単行本は(絶版で入手は困難ではありますが)、横長のユニークな装丁で、何より印象的なカバーのイラストは鈴木英人さんによるものです。一目でわかる独特のカラフルでシャープな作風は、車や海や、ロードサイドのカフェといったモチーフがよく使われ、アメリカ感、西海岸臭がプンプンしてきます。同時代に活躍した、永井博さんやわたせせいぞうさんと合わせて80年代のイラストレーションを語る上で欠かせない存在です。
なかでも山下達郎さんの『FOR YOU』、『COME ALONG』、『LOVELAND ISLAND』などのレコード・ジャケットを数多く手がけていて、おそらくミュージック・ファンの中では鈴木英人さんのイラストを見ては音楽が勝手に脳内から聞こえてくる人も少なくないのではないでしょうか。対すると言ってはなんですが、前途の永井博さんはといえば、大滝詠一さんの『A LONG VACATION』などの数多くの作品群を彩りました。
左『FOR YOU』TATSURO YAMASHITA /イラストレーション:鈴木英人
右『A LONG VACATION』EIICHI OHTAKI /イラストレーション:永井博
そんなわけで、この80年代を代表するイラストレーション群を目にすると、「刷り込み」によってどうしてもシティポップが聞こえてきそうなのは、どうしようもないことなのかもしれません。と、いうわけで環境的に可能な方は聞いてください。山下達郎さんで『Loveland, Island』。
♬『Loveland, Island』TATSURO YAMASHITA
引き続き皆さんが良い本と、良い音楽に出会えますように。
片岡義男
かたおか・よしお/1939年東京生まれ。作家。早稲田大学在学中より雑誌『ミステリーマガジン』等でコラムの執筆や翻訳を始め、74年『白い波の荒野へ』で作家デビュー。75年『スローなブギにしてくれ』で第2回野生時代新人文学賞を受賞。代表作に『ロンサム・カウボーイ』『エルヴィスから始まった』『彼のオートバイ、彼女の島』『日本語の外へ』ほか、『映画を書くー日本映画の原風景』『東京22章ー東京は被写体の宝庫だ。』『文房具を買いに』『言葉を生きる』など。小説のみならず、エッセイ、評論、翻訳、写真等、幅広い活動を続けている。
鈴木英人
すずき・えいじん/1948 年福岡県博多生まれ。1971年頃より広告デザインを手掛け、デザイナー、アートディレクターを経て、1980年イラストレーターとしてデビュー。山下達 郎のレコードジャケット、FMステーション誌のカバーデザイン等数多くのイラストレーションを描く。以後商業デザインの世界にとどまる事なく1985年 「EAST ALBUM」のタイトルで、版画(リトグラフ)30作品を、東京と大阪の5箇所の画廊で同時に発表。
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