鹿児島の現代アートギャラリー、『NEW ALTERNATIVE』が、出版レーベル『ISI PRESS』(イシプレス)を立ち上げる。その第一弾として、坂口恭平によるドローイング作品集『God is Paper』を刊行すると発表した。
『NEW ALTERNATIVE』とは?
2015年に鹿児島市武にオープンしたアートギャラリー。「全く別の、他の何者でもない」をコンセプトに、時代特有の概念に挑戦し続け、この場所でしかできないこだわりのアーティストキュレーションや展示を企画している。ギャラリー、ショップスペースのほかに、テイクアウトメニューとして東京・代々木にある『Little Nap COFFEE STAND』のバリスタ・濱田大介によるオリジナルブレンド豆のドリップコーヒーや、自家製レモネード、鹿児島産ジェラートなども販売している。
最近の主な展示としては、大竹伸朗『SOxTN: #1』、横山裕一『アイスランド』、谷川俊太郎/下田昌克『恐竜がいた展』、坂口恭平『God is Paper』などがある。
言葉通り、アートにおけるオルタナティブを提示し続けるギャラリー『NEW ALTERNATIVE』がこのたび立ち上げるのは、出版レーベル『ISI PRESS』。ギャラリーのアイデンティティと同様に、「全く別の、他の何者でもない」書籍を発表していく。
その第一弾として、まさに唯一無二の作家である坂口恭平の作品集を刊行する。
オルタナティブアーティスト・坂口恭平
坂口恭平は、作家、建築家、画家、音楽家と複数の顔を持ち、様々なジャンルをクロスする破天荒なアーティスト。
「自殺者をゼロにする」という目標を掲げ、「いのっちの電話」を開設するなど独特な活動を続けている。死にたくなったら坂口恭平に電話すると話を聞いてくれる。出られない時は折り返しの電話がちゃんと来る。年間で約2000人からの電話を受けているらしい。ウィキペディアに携帯電話の番号が載っている唯一の人間。
画家としては、バンクーバー美術館で個展を開催するなど海外での評価が高い。
著書に『独立国家のつくりかた』、『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』、『ズームイン、服!』、『幸福な絶望』、『幻年時代』、『徘徊タクシー』など多数。詩と批評の雑誌『ユリイカ』2016年1月号の坂口恭平特集が、広く深く彼について紹介しているので非常におすすめ。
最新刊は、雑誌『Rolling Stone』での連載をまとめた小説『しみ』。
音楽家としての評価も高く、前野健太やクラムボンの原田郁子、くるりの岸田繁らと交流がある。風を感じるような気持ちのよい弾き語り曲が多い。最新作は無料DLできる。
ニューアルバム「BLESS」すんごい好評なので、みんなも無料なので、どんどんダウンロードしてね。ぼくが鬱のときでも聴けるから、たぶん、みんなが疲れているときでも聴けるよ。いまは元気じゃないときのために歌つくってます。https://t.co/9rBEZlbFmz
— 坂口恭平 (@zhtsss) 2017年5月31日
(こちらは坂口恭平『魔子よ魔子よ』。演奏はcero)
今回『NEW ALTERNATIVE』の出版レーベル『ISI PRESS』から出版される『God is Paper』は、坂口恭平のドローイング作品290点を掲載した作品集。
注目される地方出版・ひとり出版
少し話がそれるように感じられるかもしれないが、近年、地方出版社やひとり出版社など、大手出版社のオルタナティブとして小規模出版社が注目を集めている。そうした出版社は、出版点数こそあまり多くないものの、その分、つくる人たちが本当につくりたい本や装丁などにもこだわったクオリティの高い本など、渾身の一冊をつくることで、高い評価を得ている。
たとえば、「一冊入魂」を理念として掲げているのがミシマ社。
ミシマ社は、取次会社を一切利用せず、自社で全国の書店と直接取引きする。自由が丘と京都を拠点としていて、オフィスは民家を使用。京都オフィスは郊外の一軒家にあり、和室の一室を「ミシマ社の本屋さん」として活用している。
音楽ファンの間では、アジカン後藤正文の『何度でもオールライトと歌え』などを出版していることでも有名。
ほかにも、音楽系に強いアルテスパブリッシングや、谷川俊太郎の詩集や川島小鳥の写真集、雑誌『ヨレヨレ』等で人気のナナロク社、エンタメ、ポップカルチャーの雑誌を発行するフリースタイル、東京・武蔵野を拠点とし又吉直樹などのファンも多いひとり出版社・夏葉社、大杉英やマヤコフスキーなどアヴァンギャルドな本を出版する代官山のインディペンデント出版社・土曜社、NPO法人POSSEの雑誌『POSSE』など社会派の書籍や哲学書などを主に手がける堀之内出版、酒飲みから定評のある『二十世紀酒場』の旅と思索社など、枚挙にいとまがない。
じつは、ひとりでたちあげられた出版社が、なんと日本に数百社もあるという。その名もズバリ『”ひとり出版社”という働き方』という本も出版されており、本と読者の関係性が急速に変化しつつあることがわかる。
本の土地、九州
そして興味深いことに、ここ数年、小規模出版における活発な動きが、九州に集中している。
たとえば、福岡の書肆侃々房(しょしかんかんぼう)。
書肆侃々房からは、文学好きにとっていまもっとも注目の文学ムック『たべるのがおそい』(略して『たべおそ』)が発行されている。
小説家、翻訳家、歌人、そしてミュージシャンなど、様々な顔を持つ西崎憲が編集長を務める同誌は、創刊号において、デビュー作で三島由紀夫賞を受賞しながらも半引退状態にあった作家・今村夏子に久々の復帰作『あひる』を書かせて話題になった。しかも『あひる』は芥川賞候補になり、小規模出版による作品としては異例のノミネートを果たした(その後、『あひる』は第5回河合隼雄物語賞を受賞)。『たべおそ』は現在、vol.3まで刊行中。
ほかにも文芸誌では、熊本在住の評論家・渡辺京二が中心となって創刊した『アルテリ』も、詩人の石牟礼道子や伊藤比呂美、坂口恭平らが寄稿して話題になった。
さらに、熊本を中心に九州限定の配本を行う文藝出版社・伽鹿舎(かじかしゃ)も注目されている。伽鹿舎は、谷川俊太郎や絲山秋子らが寄稿する文藝誌『片隅』のほかに、フランソワ・ルロール『幸福はどこにある』、パスカル・キニャール『世界のすべての朝は』、レーモン・ルーセル『アフリカの印象』などの海外作家の翻訳作品を出版している。
レーモン・ルーセル『アフリカの印象』には、同作からインスピレーションを受けた坂口恭平によるドローイングも収録されており、こちらも必見。
『NEW ALTERNATIVE』が加速させる九州からの発信
このように、新たな出版形態としての地方出版が活発になりつつある中、すこし不思議な現象だが、注目すべき動きの多くが九州に集中している(どうしてだろう?文学者や社会学者が真剣に研究を検討してもよい現象だと思う)。
そうした中、現代アート界から『NEW ALTERNATIVE』が出版レーベルを立ち上げたことによって、この流れはさらに加速するかもしれない。
坂口恭平によるドローイング作品集『God is Paper』は、6月15日より全国の書店/ギャラリーショップなどで順次販売開始。
発売に先駆けて、代官山蔦屋書店や南青山HADEN BOOKSなどにてフェア・展覧会を開催する予定なので、九州以外の地域に住んでいる人も足を運んでみては。坂口恭平のトークライブは、型破りでとても面白いです。元気をもらえます。
(坂口恭平ミニライブ@新宿ベルグの様子、一部始終)
フェア・展覧会情報
6/10(sat)〜7/2(sun) 代官山蔦屋書店 特設フェア[6/15(thu)トークライブ&サイン会]
6/10(sat)〜25(sun) 熊本 橙書店 刊行記念Exhibition
(※坂口恭平が仕事場として普段利用している書店。村上春樹が朗読会を開催したことでも話題になった)
6/18(sun)〜25(sun) 南青山 HADEN BOOKS: 刊行記念Exhibition
その後も関西、四国、福岡などで巡回展やフェアの開催を予定。
『NEW ALTERNATIVE』ウェブサイト
『NEW ALTERNATIVE』Twitter
『NEW ALTERNATIVE』Instagram
坂口恭平Twitter
Text_Sotaro Yamada
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