7月19日、第157回芥川龍之介賞の選考会が行われ、沼田真佑(ぬまたしんすけ)『影裏』(読み方:えいり)が受賞作に決まりました。
沼田真佑は『影裏』で今年の4月に第122回文學界新人賞を受賞し、作家デビュー。本作は処女作であり、芥川賞候補にノミネートされたのも、もちろん今回がはじめてでした。
選考委員・高樹のぶ子が語る受賞理由
芥川賞発表の記者会見は、選考委員のひとりである高樹のぶ子さんが行いました。「ほとんどケンカ状態です」と語られた選考会で、なぜ『影裏』が選ばれたのでしょうか。
私の意見では、この作品は3.11の大震災を踏まえ、人間の外部と内部の“崩壊”を描いたものだと思います。大震災を小説化するには、こういう描き方しかないと思い、私は強く推しました。
受賞作を推した方々の意見を申し上げると、キラキラした描写、文章というものがありました。また、性的なもの(ボーイズラブ)が背景にあるために、ためらいがちにいろいろなことにアプローチしており、これについて中途半端だという人もいれば、好感を持ったという人もいました。3.11もボーイズラブも、表面に出していないことを評価する声もありましたが、それに対するネガティブな声もありました。
あれだけの大きい震災を文学にするのは、本当に大変だし、時間がかかります。結局、いくら震災のすごみや破壊力を書いても、それはドキュメンタリーに及びません。けれど、内面の崩壊や不気味さに対応することで、初めて力を持つのだと思います。この作品は、震災を前面に押し出した小説ではないですよね。ひそやかに一歩引いていますが、人間関係を描くことで、それを取り囲む大きな自然の怖さというものに言及していると思いました。
沼田真佑が語った“芥川賞”とは
受賞作発表後、緊張した様子で会見に現れた沼田真佑は受賞作『影裏』について次のように語りました。
ああいうこと(3.11)がありますと、他のものが書きたくても1回、自分の中で(震災を)書かないと他のが軽薄になるという思いで。自分も岩手に住んでますし。みそぎみたいな感じで書いた面がないことはないと思います。(選考委員からは「ラストの先が読みたかった」という意見も出たが)今後も自分は「はっきりしない」でしょうけど、ああいう「はっきりしない」書き方がいまの段階では好きですね。
また、芥川賞受賞については、
(小説を)1本しか書いてないというのがありますので、ジーパン1本しか持ってないのに「ベストジーニスト賞」みたいな。
と語り、会場の笑いを誘いました。
他候補作の選評
高樹さんは他候補作について、次のような選評を述べています。
『星の子』今村夏子
(『星の子』)
委員の間で対立がありました。作品として、子供の視点で描いているということで、私は少しゆるいんじゃないか、子供の視点でしか描けないのでは、という考えを持っています。一方で、それを良しとする選考委員も何人かいましたし、閉じ込められた子供の世界を描ききったという賛成意見もありました。
『真ん中の子どもたち』温又柔
(『真ん中の子どもたち』)
フラットに書かれていることへの魅力というプラスの評価がありました。ただ全体として、読者の共感が得られていないという選考委員の感想がありました。(描かれていた)母語とアイデンティティーの問題が非常に切迫した状況ではなく、生きるか死ぬかという切迫した大きな問題になっていませんでした。物語として、そこまでの状況を作れるのが小説ですから。そこで共感ができなかったのが大きいです。
『四時過ぎの船』古川真人
(『『四時過ぎの船』掲載・新潮6月号』)
私はいい線いっていると思いました。前作(『縫わんばならん』)よりは短く、シャープになりました。しかし、委員からはそのことへの反発もありました。というのも、前作の長大で煩雑、ローカルな話の方が“手触り”があり、そっちの方がよかったという委員もいました。ただ『忘却』は本来ネガティブだが、それを小説のテーマにするのは面白いなど、プラスに扱う面白さを認める選考委員もいました。
詳しい選評は来月発売される『文藝春秋』9月号に掲載される予定です。
また、『影裏』は7月28日に文芸春秋より発売される予定です。
沼田真佑『影裏』
内容紹介
第157回芥川賞受賞作。
大きな崩壊を前に、目に映るものは何か。
北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、
ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。
ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。
いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、
「あの日」以後、触れることになるのだが……。
樹々と川の彩りの中に、崩壊の予兆と人知れぬ思いを繊細に描き出す。
著者について
1978年北海道生まれ。西南学院大学卒業後、福岡市で塾講師を務める。
現在、岩手県盛岡市在住。本作で第122回文學界新人賞受賞しデビュー。
(Amazonより抜粋)
参考:公益財団法人日本文学振興会
Text_ Michiro Fukuda
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