30年ぶりに帰った家で見た、幼い頃の自分
KERAがふたたびジャズを歌うまで、実に30年もの月日を要した。
2016年にリリースしたソロアルバム『Brown, White&Black』は、まるでダムが決壊するようにそれまでの想いが一気に放たれた作品だ。ゆえに、それに続くアルバムづくりは簡単にはいかなかったという。「前作の残りカスみたいなものを形にしても仕方がない」からだ。しかし、思いもよらぬところからきっかけは訪れた。
KERA : 親父が死んで以来、実家に帰っていなかったんです。両親が喧嘩しているイメージが強くてあまり良い思い出もなかったから。木造二階建ての一軒家を何十年も放置していて、ずっと売りたかった。ようやく2年ほど前に買い手がついて、モノを回収するために久々に帰ったんです。回収するモノなんてないと思っていたけど、幼少期の写真を収めたアルバムがあったなと思い出して。
幼少期のKERAは病弱で、小児ぜんそくを患い、2日に1日は寝たきりだったそうだ。
KERA : とにかく息が入ってこないから、ひたすら苦しかったという記憶しかない。毎週通院して、お尻に大きな注射を打たれて。1歳の時には医者から「この子はそれほど長くはもたないだろう」と言われていたみたい。
だから、当時の写真なんて、さぞ顔色の悪いものしか残っていないだろう、きっと死にそうな顔をしてるんだろうな、そう予想していたのだった。
しかしKERAが発見したのは、予想とは真逆の自分だった。
KERA : どの写真もすごく楽しそうなのね。今の自分よりずっと楽しそう(笑)。記憶よりもはるかにイキイキしていた。だから過去の自分との再会というよりも、邂逅に近い。まるで自分じゃないみたいだもの。今の自分より優れているところがいっぱいあるような気がするんだよね。この写真たちを見て、頭のなかでアルバムの構想が一気に進みました。
この時見つけた写真の一部が、今回のアルバム『LANDSCAPE』のジャケットや歌詞カードに使用されている。
「Landscape」は「眺望」を意味する。眺望とは、広く遠くまで見晴らすことだ。つまり本作は、KERAの人生を幼少期まで遡って人生全体を眺望する私小説のような作品なのだ。
KERA : 自分にとって重要なモチーフがあることによって、作品の存在を大きいものにできた気がする。この幼い自分の写真と出会わなければ、こういうアルバムにはならなかった。
写真は、撮られた対象だけではなく、それを撮った人間の存在も感じさせる。今回のKERAの写真はどうか? 撮影者はもちろん両親。KERAが大好きだった父親と、あまり好きではなかった母親。
KERA : 寝たきりの時間が長かったせいで、何日かに一度、息子が元気になった日にはついシャッターを押したくなったんだろうね。
父親の存在感と、母親の不在
実はKERAの作品の多くに、父親の存在はそこはかとなく存在している。たとえば、映画『グミ・チョコレート・パイン』を思い出してみてほしい。大槻ケンヂによる原作小説は、ロックと映画に没頭しながら同じクラスの美少女に憧れる高校生を描いた青春小説だった。この原作に父親はほぼ登場しない。
しかし映画化にあたり、KERAは設定を大幅に変更した上で、主人公の父親を登場させた。しかも若年性認知症を患い、若い頃にはロックに打ち込んでいた青年として。この設定は、父の看病をしながら描いたという『カラフルメリイでオハヨ』からの一部引用でもあるし、KERAと父親の関係をほぼそのまま移し替えたものだと考えられる。
若年性認知症の父親はコミカルに描かれており、父親に対する主人公の態度からは感傷が一切排除されている。そのことが、むしろより深い哀しみを誘う。『グミ・チョコレート・パイン』において父と息子の関係は主題ではないはずだが、重要な細部として強烈に記憶に残るわけだ。このあたりにも、KERAの父親に対するこだわりが見え隠れしているだろう。
そして父親の存在が強まれば強まるほど、母親の存在も「不在」という形で大きくなる。
KERA : 母親を描くには、自分の中の母親像があまりに欠落していたんですよ。でも4年前いざ死なれてみると、母親の存在についても想像することが増えてきてね。彼女とは、亡くなる数日前に一度会えたけど、その時会ったのは父の葬式以来だったから、30年近くぶりだった。なんか、ふっ切れるし、許せるもんですよ、いなくなっちゃうと。ここ数年でようやくもっと踏み込んでもいいかなと思えるようになった感じです。これからは、母親が自分の作品のモチーフになるかもしれないね。
KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)の夜はまだまだこれから。
さて、ここまで約3時間、KERAはほぼノンストップで語り続けてくれた。話し終わるとシャンディ・ガフをさっと飲み干し、次の現場へと向かっていった。
時刻はすでに22時。普通ならスイッチをオフにして、酒でも飲むか寝る準備でもするかという時間だ。でもKERAにとってはそうではない。まだ夜は始まったばかりなのだ。KERAの夜は長い。
確認するまでもないことだが、この日のKERAの話は多岐にわたり、とてもディープなものだった。そのなかには哀しみや寂しさや、あるいは怒りもふくまれていたはずだ。しかしそうした内容も、彼の手にかかると、どこかユーモラスで軽やかに感じられ、笑えてしまう。ちょうど、彼のつくる演劇や音楽がそうであるように。
そこではたと気付いた。KERAが語るKERAの人生に、我々はエンターテインメントを見出していたのではないか?
KERAの人生にある「光と影と闇(『キネマ・ブラボー』より)」は、KERAの言葉で語られることによって、ひとつのエンターテインメントへと昇華されていた。言い換えるなら、KERAは自分の人生に、自分の頭と心と言葉で魔法をかけたのだ。
そのように魔法をかけられた事象のことを、わたしたちは一般的に「作品」と呼ぶ。
KERAは、人生そのものが作品のような人だった。しかも、多くの人に長く愛される傑作と呼ばれる作品。
結論。
KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)、ミーティアがおすすめする彼の代表作は、ずばり、彼自身。
作品情報
KERA
『LANDSCAPE』
CD:CDSOL-1836 3,000円+税
LP:NGN-003/004 5,500円+税
[収録曲]
CDSOL-1836 3,000円 + 税
※紙ジャケット / 歌詞・解説付き
[収録曲]
01. cheek to cheek
(作詞・作曲: Irving Berlin)
02. 木の歌
(作詞: 緒川たまき, KERA / 作曲: 鈴木光介)
03. ビバップ・バトン・ビバップ
(作詞: KERA / 作曲: KERA, 伏見 蛍)
04. ケイト
(作詞・作曲: KERA)
05. stardust
(作詞: Mitchell Parish / 作曲: Hoagy Carmichael)
06. キネマ・ブラボー
(作詞: KERA / 作曲: 中野テルヲ)
07. 食神鬼
(作詞: KERA / 作曲: KERA, 鈴木光介)
08. B-BLUE
(作詞: 氷室京介 / 作曲: 布袋寅泰)
09. じんじろげ
(作詞: 渡 舟人 / 作曲: 中村八大)
10. シリーウォーカー
(作詞・作曲: KERA)
11. サンキュー
(作詞・作曲: KERA)
12. 見上げてごらん夜の星を
(作詞: 永 六輔 / 作曲: いずみたく)
13. LANDSCAPE SKA
(作詞・作曲: KERA)
[12inchアナログ]
NGN-003~004 5,500円 + 税
※2枚組ゲートフォールド・カヴァー / 歌詞・解説付き
[side A]
01. Stardust
02. ケイト
03. サンキュー
04. キネマ・ブラボー
[side B]
01. cheek to cheek(Take2)
02. じんじろげ(LONG VERSION)
03. 見上げてごらん夜の星を
04. LANDSCAPE SKA
[side C]
01. 木の歌
02. ビバップ・バトン・ビバップ
03. B・BLUE
04. シリーウォーカー
[side D]
01. アンパンとジャズ ※
(作詞・作曲: KERA)
02. 食神鬼
(作詞: KERA / 作曲: KERA, 鈴木光介)
03. 夢で逢いましょう ※
(作詞: 永 六輔 / 作曲: 中村八大)
04. ベルリンレゲエ ※
(作詞・作曲: KERA)
05. サニー・グッジ・ストリート ※
(作詞・作曲: Donovan)
※CD未収録曲
(『キネマブラボー』 MV)
(『ケイト』 MV)
ライブ情報
KERA ソロアルバム 『LANDSCAPE』発売記念ライブ ビッグ・バンド編
2019年8月25日(日) 東京 六本木 ビルボードライブ東京
1stステージ 開場 15:30 / 開演 16:30
2ndステージ 開場 19:00 / 開演 20:00
サービスエリア 7,500円(税込) / カジュアルエリア 6,500円(税込 / 1ドリンク付き)
※ご予約・お問い合せ: ビルボードライブ東京 03-3405-1133
billboard-live.com/pg/shop/show/index.php?mode=detail1&event=11534&shop=1
舞台情報
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「ドクター・ホフマンのサナトリウム 〜カフカ 第4の長編〜」
2019年11月7日(木)~24日(日) KAAT神奈川芸術劇場<ホール>
2019年11月28日(木)〜12月1日(日)兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
2019年12月14日(土)〜15日(日)北九州芸術劇場 中劇場
2019年12月20日(金)〜22日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演: 多部未華子 瀬戸康史 音尾琢真 大倉孝二 村川絵梨 谷川昭一朗 武谷公雄 吉増裕士 菊池明明 伊与勢我無 犬山イヌコ 緒川たまき 渡辺いっけい 麻実れい 王下貴司 菅彩美 斉藤悠 仁科幸
演奏:鈴木光介 伏見蛍 関根真理
https://www.kaat.jp/d/DrHoffman
<ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)>
1963年東京生まれ。
横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)を卒業後、学生時代からの愛称KERA(ケラ)の名前で、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。’86年にメジャーレーベルデビュー。インディーズブームの真っ只中で音楽活動を展開。80年代半ばから演劇活動にも進出。「劇団健康」を経て、’93年に「ナイロン100℃」を結成。結成20年以上になる劇団のほぼ全公演の作・演出を担当。また、自らが企画・主宰する「KERA・MAP」等の演劇活動も人気を集める。99年、『フローズン・ビーチ』で第43回岸田國士戯曲賞、’02年、『室温~夜の音楽~』で第5回鶴屋南北戯曲賞及び第9回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。近年、ユニット公演、外部公演での活躍も目覚ましく、’16年『グッドバイ』にて第23回読売演劇大賞最優秀作品賞及び第66回芸術選奨 文部科学大臣賞、’17年『8月の家族たち August:Osage County』にて第24回読売演劇大賞最優秀演出家賞、『キネマと恋人』にて第68回読売文学賞 戯曲・シナリオ賞などを受賞している。’18年秋、紫綬褒章を受章。また、音楽活動にも意欲的に取り組み、各種ユニットによるライブ活動も継続中である。
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